「溟い海」で新人賞 始まった情念の吐露

 昭和38年10月、藤沢さんは妻の死を見送る。悦子夫人28歳、生後8カ月の乳飲み子を遺(のこ)した死だった。「人の世の不公平に対する憤怒、妻の命を救えなかった無念」(「転機の作物」)の思いは、この後長く藤沢さんの胸に残る。

 「読切劇場」「忍者小説集」などの娯楽雑誌への作品掲載は、39年8月号をもって最終とする。作者生前の年譜によれば、ここまで14編に及ぶ初期短編群の執筆も雑誌掲裁も黙殺されるが、昭和39年「オール読物」新人賞に応募し始めたことは明記される。

 無名の娯楽雑誌への小説掲載と有名雑誌の新人賞への応募と、その問に創作態度のいかなる転換があったのか、それは必ずしも明らかではない。しかしわずかにそれを伺わせる手がかりはないでもない。年譜には黙殺されたとはいえ、初期習作群の雑紙掲載をとくに秘匿すべき理由は何もなかった。作者みずから吹聴しなかっただけである。従ってごく親しい友達の問では知られていた。悦子夫人の死からほぼ半年後、亡き妻とも親交のあった郷里の友人に宛(あ)てた手紙が全集(第25巻)に収録されている。その末尾に、当時の小説に触れた次の文言がある。

 「小説のことを、悦子は●んでいたようです。“誰に見しょとて、紅かねつけし”は女の心意気ですが、僕の小説も、結局は生活の紅鉄漿(べにかね)にすぎないのです。芸術のためでも、文学のためでもなく、それが暮しの上にもたらす、ささやかなゆとりとしあわせの感情のためで、動機は極く卑俗で、深刻ならざるものなのです。迷わざるを得ない理由です」(昭和39年4月10日、渡辺とし宛書簡)。

 こういう手紙のあと間もなく、それまで書き継いできた娯楽雑誌向けの小説執筆が打ち切られ、、新人賞への応募が始まったのであってみれば、それは藤沢周平における文学的初心への回帰と見なすことのできるものかもしれない。

 しかしそこから始まったのは長くて困難な坂道だった。妻亡き後にはまだ乳離れも不十分な幼子が遺されていた。郷里から老母が上京して同居することにはなったものの、高齢で土地に不案内な老母には幼子を保育園に送ることさえ心許(もと)なかった。その中で勤勉なサラリーマンとして業界新聞に勤務するかぎり、創作に没頭できる時間は、日曜日を除けば幼子と老母が寝入った先の夜更けしかなかった。新人賞への応募作品は、40年、41年にかけて予選を通過する機会が3度あったが、目指すところには容易に届かなかった。募集のたびごとに作品を送ることも叶(かな)わなかったにちがいない。それでも、昭和46年4月、小説「溟(くら)い海」が「オール読物」新人賞を受賞する。応募し始めてから8年目、作者43歳、おくればせの文壇登場であった。

 しかし「溟い海」は、単に藤沢周平の文壇登場を記念する作品というにとどまらない。「小説を書くことに手応えを感じたのはあの小説からだった」とは、作者生前には何げなく間き過ごした言葉だったが、今にして思えば、この作品とともに、藤沢周平の小説に何事か新しい事態が発生し、確立されたのだ。

 「溟い海」は、江戸時代後期(文化・文政期)の画家葛飾北斎を主人公に選び、配するに1世代後れて登場した安藤広重を以(もつ)てした小説である。「冨獄三十六景」の名声をしのぎかねない若い広重に妬心(としん)と敵意を燃やす北斎は、一見俗情にまみれた無頼の風貌(ふうぼう)を持つ老画家である。しかし深沈たる真夜中、独り絵絹に向かって一羽の海鵜(うみう)を包む溟い海を描きつづける画家の姿は、時には木枯らし吹きすさぶ夜のさ中、さしあたって報われる当てもない小説を必死に書き続けていたころの作者の面影と微妙に重なり合う。

 一方、昼日中(ひなか)の人付き合いの場では、いかにも堅気の商人(あきんど)ふうに慇懃(いんぎん)な物腰で応対する広重は、あたりに人けのない夜道を歩く時には別人のように暗い表情を露呈する。それは、人生の途上に何事か決定的な深傷(ふかで)を負ったものの表情である。-対するに、当時の作者は日中は勤勉なサラリーマンとして業界新聞に勤務しながら、その胸中に、年若い妻の命を奪った非情な運命に対する怨念(おんねん)のごとき思い、他人(ひと)には語りがたい無念の思いを抱きながら暮らしていた。

 つまり「溟い海」とともに始まったのは、時代小説という虚構の器を通じてなされる自己表白、作者自身の情念の吐露ということにほかならない。初期習作14編との対比でいえば、主にストーリーが柱の時代小説から、作者自身の切実な真実と臍帯(せいたい)で結ばれる、その意味でより文学的純度の高い小説への変貌、もしくは飛躍ということでもある。-藤沢文学の新しい局面、真に藤沢文学の名に値する局面はここから始まる。

(宮城学院女子大名誉教授、長井市出身)

●は、品の口がそれぞれ七

(2007年5月24日 山形新聞掲載)

生涯の追憶

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