歴史小説 湛えられた作者の思い

 前回までは主に時代小説を中心に藤沢文学の軌跡を辿(たど)った。しかしこの作家にはそれとは別に、早い時期の長編小説「檻車墨河(かんしやぼくが)を渡る」(昭和50年刊、後「雲奔(くもはし)る」と改題)から絶筆「漆の実のみのる国」(平成9年刊)に至る歴史小説の系譜がある。

 「檻車墨河を渡る」の主人公雲井龍雄は維新史上の志士として名を残しながら、倒幕の覇権を握った薩摩藩の謀略とその不正義を激しく糾弾して、明治3年非運に刑死した元米沢藩士。「漆の実のみのる国」は、米沢藩中興の祖としてあまねく知られる鷹山上杉治憲の半生とその事跡を描いた重厚な歴史小説。藤沢歴史小説の首尾に位置する作品がたまたま2編とも米沢ゆかりの小説になったのは、この作家の眼差(まなざ)しが絶えず郷里の方を向いていたことの賜物(たまもの)だが、幕藩時代の米沢は作者の郷里鶴岡とは山脈1つ隔てた隣国だった。したがって時代小説の海坂ものに対応する歴史小説は、天保年間に庄内藩領主の国替えを阻止するための一揆に立ち上がった庄内農民を描いた「義民が駆ける」(昭和51年刊)と、田川郡清川村(現庄内町)出身の、幕末草莽(そうもう)の志士清河八郎の生涯を描いた「回天の門」(昭和54年刊)ということになる。

 歴史小説が時代小説とは区別されて史実をみだりに逸脱しないこと、その意味で原則として歴史的客観性に拘束されることは言うまでもないが、同時にそれが〈歴史〉ではなく〈小説〉であること、したがってそこには作者独自の〈思い〉が反映されることもまた言うまでもない。例えば「檻車墨河を渡る」は、呱々(ここ)の声をあげたばかりの明治国家の転覆を図った〈逆賊)として梟首(きょうしゅ)の刑に処せられ、「郷里米沢では、龍雄の名を口にすることを久しくタブーにした」(あとがき)とされる非運の志士の〈志〉を甦(よみがえ)らせ、その墓碑銘をあらためて刻み直そうとするほどの思いをもとに書かれたものであったし、「回天の門」のモチーフは、単身出羽の一隅から立って天下革新の大業に身を挺(てい)しながら志半ばに斃(たお)れ、しかも後世には「山師、策士あるいは出世主義者といった呼び方」(あとがき)が流布しがちだったこの郷土ゆかりの志士八郎の名を新しい水で雪(そそ)ぎ直そうとする思いにあった。

 それらより早く、直木賞受賞に前後する時期に「又蔵の火」(昭和49年刊)という小説もある。文化8(1811)年以来今日まで語り伝えられる、鶴ケ岡城下総穏寺前の仇(あだ)討ち(壮絶にして凄惨(せいさん)な事件)の記録を基にする小説である。ただし、作者はこの作品を(純正な)歴史小説に数えていない。事件にかかわる1級史料を正確かつ全面的に取り込む一方で、作中に史料にはない物語を付加して、いわば時代小説的潤色をほどこしているからである。ほかにも同種の小説が幾つかあるが、それらも含めて郷土の歴史に注がれる作者の眼差しはつねにあたたかく潤っている。

 もっとも、歴史小説に表現されるこの作者の心情は、もちろん郷土愛一色に尽きるものではない。例えば「一茶」(昭和53年刊)という評伝体の小説がある。江戸後期のこの俳人が、風狂の詩人という面影の半面、亡父の遺産相続にあたっては継母や異母弟と激しく争うような物欲と俗情の強い人物だったことはよく知られている。こういう主人公と作者との間にどれほどの隔たりがあろうと、一茶はもともと信濃柏原の百姓の倅(せがれ)、通称弥太郎、若くして江戸に出て浮き草のように漂い、やがて俳諧(文学)で身を立てるべく辛苦する。歴史小説であるからにはその人物造型に客観性を期しながらも、わが身に通じるこういう対象に作者の〈思い〉がおのずから反映されるのは自然の成り行きというものだろう。

 それとは別に近代の歌人を主人公とする秀作「白き瓶」(昭和60年刊、吉川英治文学賞)がある。「小説・長塚節」という副題の添えられたこの長編は、歌人長塚節の足跡、またその歌境の深まりを丹念緻密(ちみつ)に辿りながら、主人公の周辺、とくに伊藤左千夫以下のアララギ派の歌人たちの消息を含めて、作者の調査考証は詳細を極める。その結果この小説は一般の読者にはやや読むに疲れる小説に仕上がっている。

 しかしこの小説の読みどころ、読者の胸を打つ読みどころは主人公の悲恋物語にある。明治44年、節は黒田てる子と婚約する。その直後、難治の喉頭(こうとう)結核が発症する。婚約はやむなく取り消された。しかし節の恋心は、てる子との相聞を通じて破約の後にこそいっそう募る。骨を噛(か)む寂寥(せきりょう)と哀切の恋心は、この後大正4年、節37歳で世を去るまでつづく。-作者の青春にもこれと相似た思い出があったことは先に見た。もっとも「白き瓶」作中の悲恋物語にことさらに作者自身の青春を重ねるのは当たるまいが、最も厳密に資料に拘束されるこういう小説にも、地下に潜む水脈のように作者心中の〈思い〉は湛(たた)えられているだろう。

(宮城学院女子大名誉教授、長井市出身)

(2007年11月15日 山形新聞掲載)

生涯の追憶

文字サイズ変更
  • 小
  • 中
  • 大

県内7市発行メールマガジン登録無料

ふるさとだより

週1回ふるさとの話題をお届け

ニュース特集

スポーツ

教育・子育て

おでかけ

暮らし情報

twitter発信中

山形新聞からお知らせ

  1. 【2017年8大事業】
     山形新聞、山形放送の2017年の8大事業が決まりました。詳しくは、こちらから
  2. 【やましん公式FB】
     山形新聞社は、インターネット交流サイト「フェイスブック(FB)」の公式ページを新設しました。
     公式ページでは山形新聞のニュースのほか、本社からのお知らせなどを中心に紹介します。
     アドレスは、こちらから
  3. 【やましんe聞で動画視聴】
     読者限定の電子版「やましんe聞」で動画を閲覧できる新サービスを始めました。詳しくは、こちらから。
  4. ◆中学、高校の各種スポーツ大会の記録を紹介。検索機能も備えています。アクセス方法はこちら
  5. ◆探したい記事がきっと見つかる、山形新聞記事データベース。他社DB横断検索が便利な日経テレコンジー・サーチファクティバ
  6. ◆県外でも今日の朝刊が朝一で読める「お届け電子版
  7. ◆ニュース速報、高校野球、モンテ情報、おくやみ… 身近な情報を携帯で確認「モバイルやましん
  8. ◆故郷の話題をメールでお届け、ふるさとメール会員募集(登録無料)
山形新聞から
販売から