藤沢周平と庄内

【ただ一撃】 小真木原、金峯山

「鶴ヶ岡城下から南に半里ほど行ったところに、小真木野と呼ぶ広大な原野がある。その奥にまた村が展(ひら)け、金峰山と呼ぶ山伏の修験場で知られる山の麓に、高坂、青竜寺などの村落があるが、小真木野の一帯は、高台のために未だに狐狸が出没する場所である。
 その小真木野で、里の者が天狗を見たという。…」


 作品の後半、ストーリーが一気に急展開する場面である。荘内藩に仕官を望む浪人が、登用試合で藩士を次々と破る。粗野な浪人者に打ち負かされる家臣のふがいなさに、藩主は「気に入らんな、あの野猿を、一度ぶちのめせ」と側近に命じる。

 再試合が決められ、浪人者に立ち向かう家中の剣士探しが始まる。そして、白羽の矢が立ったのが主人公の刈谷範兵衛である。往年の兵法の達人。しかし「かれこれ六十ぐらいになろうか」という隠居の身だ。

「『お舅(とう)さま、洟(はな)、洟』
嫁の三緒の慌しい声に、範兵衛はう、うと唸って手の甲で糸をひいて垂れた洟をこすり上げた。」


 その範兵衛が豹変(ひょうへん)する。

 家を抜け出し、原野で天狗(てんぐ)と見間違うほどの激しい稽古(けいこ)と訓練を続ける。そこが小真木野(こまぎの)である。

 現在は小真木原(こまぎはら)と呼ばれ、体育館や総合運動場があって市民が多く集まるところ。周辺は新興住宅街で、早朝は散歩の人たちでにぎわう。手前に金峯山(きんぼうざん)を望み、その奥に母狩山(ほかりやま)がある。高坂(たかさか)、青龍寺(しょうりゅうじ)は金峯山のふもとに点在する集落。高坂は藤沢さんの古里でもある。高坂、青龍寺から鶴岡市へは、小真木原を通らなければならない。高台の原野であった。藤沢さんは、この風景の不気味さを脳裏に止め、「天狗」のすむ場所にしたのではあるまいか。

 御前試合で範兵衛は、「ただ一撃」で相手を倒す。それは、天狗にも似た身のこなしであった。

 この作品には、城下町・鶴岡の雰囲気がよく出ている。実際の地名が使われているためであろう。そして、息子の嫁との心の交流が印象的だ。試合の前、鍛練で若さを取り戻した範兵衛は嫁の三緒を抱く。嫁の「お役に立つなら、お試しなさいませ」という言葉は、いかようにでも解釈は可能である。そして、喜びの表情を見せた三緒は、自害して罪を償う。範兵衛が相手の浪人者を倒す痛快さの半面、その結末の悲劇が胸を打つ。

 藤沢さんの作品には、よく郷土の食べ物が出てくる。この作品でも「小茄子の漬物」が紹介されている。

「鶴ヶ岡の城下から三十丁ほど離れたところに、民田という村がある。ここで栽培する茄子は小ぶりで、味がいい。春苗を育て、初夏に畑に植えつけて、六月の炎天下に日に三度も水を遣って育てる。このように苦労して水を遣るために皮は薄く、浅塩で漬けた味は格別なのである。」

 民田(みんでん)ナスは丸く小さい。範兵衛が頬をふくらませて食べるのはそのためである。鶴岡の特産の、この小ぶりのナスが出回ると、北国は暑い夏を迎える。シャキッとした歯ざわりと薄塩の効いた味は、この季節、この土地の風物詩である。

 作品は昭和48年の「オール讀物」6月号に掲載された。藤沢さん46歳。

藤沢周平と庄内 なつかしい風景を探して

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