藤沢周平と庄内

【三年目】 三瀬、小波渡

「海が近いのに、三瀬は山中の宿場のように、そそり立つ山の傾斜に囲まれている。夜は山の方からやってきた。(中略)
 おはるは店の前に立って、薄暗くなった通りを眺めていた。今日が、男と約束した三年目だった。おはるの胸は朝から騒いでいたが、男は現われないまま、夜になった。」


笠取峠から見た三瀬の海岸。家並みは山の傾斜にへばりつき、日本海の荒波が押し寄せる
笠取峠から見た三瀬の海岸。家並みは山の傾斜にへばりつき、日本海の荒波が押し寄せる
 三瀬(さんぜ)は山の傾斜にへばりつく家並みと日本海の荒波が押し寄せる海沿いの町である。作品は、克明にこの地域の雰囲気を描写している。

 17の歳の晩夏、茶屋づとめのおはるは男と約束をした。「三年待ってくれ、かならず迎えにくる」と言った男の言葉を信じている。男は江戸にいる。20歳になったおはるの心は、微妙に揺れる。

 幼なじみで、馬方をしている幸吉は、おはるが好きだ。その催促を拒んできたのは、「あの男に出会ったときのように、火に焼かれたように心を掻きみだすものがない」からなのだ。

 女中仲間は、夢みたいな話を信じるおはるを「時どきからかったり、明らさまに嘲ったりする」のである。越後生まれのおしげだけは違った。おはるに同情している。「ずいぶん待ったもんね。女の盛りのときにさ」。

「振り向いたおはるの眼の前に、男が立っていた。店の中から射す光が男を照らしている。頬がくぼみ、眼が鋭く、長い旅に日焼けして悴れていたが、男の顔は三年前よりも精悍な感じがした。
『どうにか、間に合ったようだね』
 と、その男、清助は江戸弁で言った。」


 清助は帰ってきた。しかし、迎えに来たわけではなかった。もう3年待ってくれ、とおはるに言ったのである。いったんは断ったが、一晩眠らずに考えた末、おはるは幸吉の舟で小波渡(こばと)に向かっている。三瀬の宿屋を早朝に出、笠取(かさとり)峠、八森(はちもり)山を越えてくる清助を、舟で近道をして、小波渡の砂浜でつかまえるためだ。そして、一緒に江戸に行こうとしている。

 一途な愛を貫こうとしているおはる。女の性(さが)とでもいうべき切なさが伝わってくる。清助の心情がここでは見えない。かえって不気味である。「頬がくぼみ、眼が鋭く、精悍な」顔は例外なく、藤沢作品の、特に市井物に出てくる「ならず者」のそれである。おはるは「でも、あのひと約束を守ったのよ」と、自分の運命を賭ける。

 耐える女、一途な女、そして思いを信じる女は藤沢作品の女性像である。庄内の女性とは、無縁ではあるまい。

 作品は、全集でわずか4ページの小品である。鶴岡市三瀬を舞台に、鶴ヶ岡の城下から三瀬に至る矢引(やびき)峠、三瀬から温海方面に抜ける笠取峠、八森山越え、そして途中に当たる小波渡。田川街道を南下して木ノ俣、小国を経て小名部に至る道。あるいは小国から海辺に出るルートが紹介されている。江戸期の越後に抜ける道だが、現在は国道7号が海岸沿いを走る。往時の峠は、例えば笠取峠は羽越本線の上の尾根沿いを通っていた。

「宿場が薄暗くなり、坂田屋、秋田屋、越後屋など、おはるが働いている茶屋、常盤屋、その向かい角にある京夫の石塚五郎助の店などが、軒下の行燈に灯を入れる頃になっても、西空にはまだその日の名残りが残っていることがあった。」

 店の名前は正確で、現存するものもある。おはるのいた常盤屋は、今は弥左ェ門商店となって、たばこなどを売っている。越後屋はソバ屋である。引用には出ていないが、作品にある坂本屋はいまも旅館、料亭を営んでいる。ここは、藤沢さんの作品に出てくる庄内の郷土料理をそろえ、客に提供している。春夏秋冬の旬を材料に、藤沢作品の舞台を再現するような料理が並ぶ。それは「小鯛の塩焼き」であったり、「孟宗(もうそう)汁」、「赤カブ漬」などである。

 また、文中にある「京夫」とは、一体どんな職業なのか。「ごうぶ」とよみがなが振ってあるが、その解釈をめぐって、地元の藤沢作品研究家の頭を悩ませている。

 一帯の地理や三瀬の歴史を知っていれば、作品は一層生き生きとしてくる。読む楽しみが倍加する。その意味でこの作品も、庄内の読者のために書かれたものであろう。藤沢さんからの、庄内に対する贈り物である。

 作品は昭和51年の「グラフ山形」8月号に掲載された。藤沢さん49歳。

藤沢周平と庄内 なつかしい風景を探して

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