藤沢周平と庄内

【夜が軋む】 越沢、摩耶山

「蒼(あお)ノ沢の村は、さっき言ったようにほとんど越後領に近い国境いにありましたが、村の真中を流れる谷川をずんずん下ると越沢(こえざわ)、木野俣(きのまた)、小国(おぐに)、槇代(まきのだい)など、蒼ノ沢とはくらべものにならない大きな村々を経て、流れは小国川になって海に出るんです。もっともあたしがそれを眼でみたのは、それからさらに二年も後のことでしたがね。小国川と山ひとつへだてて、同じように海に向かう川が北にありまして、その川を温海(あつみ)川と呼んでいました。」

 物語は「上州塚原宿」の、飯盛り女郎の身の上話である。一人称の語りで展開する。主人公の名前は出てこない。

 「あたし」は亭主の仙十郎と、仙台領遠刈田(とおがった)から出羽ノ国荘内領に移ってきた。その場所は「摩耶山(まやさん)という山の奥」。越沢、木野俣、小国、槇代、小国川、温海川は実際の地名、川である。しかし、「蒼ノ沢」は、越沢の上流に当たるが、そこに集落はない。あった形跡もない。架空の村である。

 仙十郎は木地師である。細工物は椀(わん)や杓子(しゃくし)、お茶入れ、煙草盆(たばこぼん)など。とりわけ、「木ぼっこ」つまりこけし作りに精を出している。

 2人は土地の稲倉を借り、ひっそりと暮らしている。仙十郎は年に何回か、「温海の湯治宿」に細工物を売りに行き、栗(あわ)や稗(ひえ)、着る物を買ってくる。異変が起きたのは、蒼ノ沢に来て3年目の冬だった。

 その年、仙十郎は足にけがをした。療養が長引き、細工物が作れない。食べ物も底を尽き、「あたし」は「半町近くも離れて」いる隣の鷹蔵の家に、食べ物を借りに行く。鷹蔵は「会うたびにあたしを裸に剥(む)いてしまう眼をした四十男」である。足の治った仙十郎は、雪の日、出来上がった品を持って温海に出かける。家がきしんだのは、その夜である。

「ぎしぎし、ぎしぎしと羽目板が鳴り、戸が鳴り続けていました。そして何者かが外にいて家のまわりをゆっくりと歩き廻っている気配がしました。
鷹蔵が来たのだ、と不意に私は思いました。」


 周囲の山の雑木林はひっそりしている。風ではない。鷹蔵が家の回りを手探りしている。そう思うと「あたし」は、「体が火照(ほて)るのを感じる」のである。家鳴りの激しさは、「あたし」の、ひどく淫蕩(いんとう)な血を掻(か)き立てる。そして、「男に抱かれた後のように」疲れて、いつの間にか眠ってしまう。

 翌朝、家の角に、雪に埋もれて死んでいる鷹蔵を見つける。死体には深く裂けた無数の傷があった。

 翌年の冬。仙十郎が大きな風呂敷を背負って山を降りた7日目の夜、「あたし」は、同じような家鳴りを体験する。今度は、またぎの爺(じい)さんが家の回りを廻っている、との期待に体を火照らせる。

 次の朝、「あたし」が見たものは、深く抉(えぐ)られた傷でいっぱいの仙十郎の死体だった。そして、「あたし」は、村を後にする。

 2人を殺したのはだれか。何か得体の知れない、山の精のようなもので、それを呼び寄せたのは「あたしの中の淫蕩な血に違いない」と語り、塚原宿の飯盛り女郎の不気味な話は、ここで終わる。

 人里離れた山奥の村。摩耶山周辺の独特の風景が、作品のストーリーを際立たせている。

 藤沢さんは、作品の舞台に庄内の南部を設定しているケースがよくある。海岸沿いや田川街道沿いの寒村である。その地域の持つ雰囲気を、登場人物や物語の筋の背景として効果的に使っている。摩耶山の奥の「蒼ノ沢」もその例にもれない。半ば推理小説のスタイルを取るこの小説は、語りの妙が、いかんなく発揮されている作品の一つではあるまいか。

 作品は昭和48年の「小説推理」9月号に掲載された。藤沢さん46歳。

藤沢周平と庄内 なつかしい風景を探して

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