藤沢周平と庄内

【義民が駆ける】 鶴ヶ岡城

「十一月の日は短く、加えてその日は、鉛色の雲が漠漠(ばくばく)と空を覆うばかりで、日は早く暮れた。鶴ヶ岡城は攻撃野戦を旨とした平城で、櫓(やぐら)は二ノ丸の巽櫓(たつみやぐら)、本丸の乾櫓(いぬいやぐら)の二基しかない。中ノ橋を渡ると、凍るような闇の中に、本丸の建物は背を屈して蹲(うずくま)っているように見えた。」

 荘内藩江戸屋敷から「三方国替え」の知らせを持った急使が城に到着したのは、「暮(くれ)六ツ(午後6時)」過ぎであった。三方国替えとは、川越藩・松平家を荘内に、荘内藩・酒井家を長岡に、長岡藩・牧野家を川越にそれぞれ移す、という三角トレードである。実収21万石の荘内藩・酒井家は、領知が半減する。藩政窮乏の川越藩が大奥に手を回し、老中水野忠邦(ただくに)を巻き込んで画策した陰謀である。

 荘内の領内は騒然とした。酒井忠勝(ただかつ)が信州・松代から移って200年以上たつ。家中はもとより、未知の変化に対する農民の不安は大きかった。

「絞り過ぎれば汁も出なくなる。ほどよく潤(うるお)して置く感覚が、藩の農政にはある。そして農民の側にもそれを心得ている節があった。二百年共存の歳月がもたらした一種の馴(な)れ合いの感覚とも言えた。
 ――だが、今度は手加減しない奴がくる。」


 荘内の村々の百姓たちの間には、そんな恐れがあった。諸国の大名に「駕篭訴(かごそ)」して幕閣を動かし、「殿さまお引きとめ」を願う方策が自然発生的に計画された。「百姓たりといえども二君に仕えず」というわけである。

 荘内一円の農民の動き、鶴ヶ岡城中、荘内藩江戸屋敷、そして江戸本丸の幕府執政が同時進行の形で描かれ、転封を巡る人間ドラマが小気味よいテンポで展開する。強いて挙げるならば、主人公は方言まる出しの荘内の農民であろうか。そして、基本的な人物は全篇にわたって登場し、それぞれの役割を演じている。

 山脈が庄内平野の東に連なっている。いま、その麓の方に消えていく男たちはまさに「荘内の百姓が幕府につきつける、一本の鎌」であった。

 数百人に及ぶ農民が相次いで江戸に送り込まれた。三方国替えの不当を訴え、江戸庶民の同情を呼んだ。

 こうした動きを放置するわけにはいかない。水野忠邦は江戸南町奉行・矢部左近将監定謙(さだのり)に「荘内領の百姓の処置」を命じる。矢部はしかし、忠邦の意に反した裁決をする。

「三方国替えは理由のない沙汰であり、荘内領の百姓騒ぎ立ては当然と思われる。のみならず彼らの行動は、藩主を慕う心情から出たものであって、取調べの結果法に照らして咎(とが)むべき事項は見当たらなかった。」

 と言い切ったのである。荘内の農民の、命をかけた嘆願が幕府を動かしたのである。鮮やかな逆転劇であった。天保12(1841)年夏のことである。

「彼らは叫び、異様などよめきは遠い野や村落までとどいて、さらにそこからも人を走らせた。赤川の渡し場まできたとき興津の駕篭は、真黒な人の波と歓声に包まれた。…」

 感動的な光景である。

 藤沢さんの歴史小説には、史実の確かさと、それに裏打ちされた幅の広がりがある。例えば、荘内領は最上川で二分されており、「川北には進取の気風があり、川南の田川郡には、保守温和の傾向がある」としている。最上川を挟んで庄内平野の北側に当たる酒田・飽海と南側に当たる鶴岡・田川の気質の違いは、いまでもそのように言われている。

 あるいは、鶴岡市街地の西に隣接する、天領だった大山地区は、国替えの騒動でもほとんど動きはなく、作品では川越藩の密偵が身を寄せる場所になっている。大山商工会がいまでもあるように、鶴岡とは一線を画す気質がある。

 国替え取り止めの3年後、つまり弘化元(1844)年、荘内藩の預地(あずかりち)になることに反対する幕領の百姓が大山騒動を起こした、と『城下町鶴岡』(大瀬欽哉著)にある。

 作品は、「歴史と人物」昭和50年8月号から51年6月号まで連載された。藤沢さん49歳。

藤沢周平と庄内 なつかしい風景を探して

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