藤沢周平と庄内

【暗殺の年輪】 五間川(内川)

「丘というには幅が膨大な台地が、町の西方にひろがっていて、その緩慢な傾斜の途中が足軽屋敷が密集している町に入り、そこから七万石海坂(うなさか)藩の城下町がひろがっている。城は、町の真中を貫いて流れる五間(ごけん)川の西岸にあって、美しい五層の天守閣が町の四方から眺められる。」

 120石の禄(ろく)をはむ主人公・葛西馨之介(けいのすけ)は「室井道場」に通う無役の平侍である。道場の帰り、「いつとはなく馨之介を避ける様子」がある貝沼金吾から、自宅に来るよう誘われる。夏のさ中であった。

 藤沢さんの作品によく出てくる「海坂藩」は、荘内藩をモデルにした「北国の小藩」である。地理、地形が必ずしも庄内とピタリ一致するわけではないが、山や川、方言、そして食べ物は、明らかに庄内のそれ、である。武家ものの第1作で、直木賞の受賞作ともなったこの作品には、その後の武家小説、剣客小説で舞台となる海坂藩の、原形が描かれている。

「台地」は鶴岡市街地の南に位置する金峯山周辺の丘陵地帯といえよう。足軽屋敷が密集しているのは、市街地の南部・番田(ばんでん)辺り。下級武士の屋敷があったところだ。「五間川」は内川である。イメージ的には、市街地の西を流れる青龍寺川に近い。

 流れの西岸にある「城」は鶴ヶ岡城ということになる。しかし、架空の世界。鶴ヶ岡城は平城だったが、作品の「城」は「美しい五層の天守閣」を抱いている。あるいは、「七万石」というのも、荘内藩14万石より小規模に設定されている。

 父が物頭(ものがしら)をしている金吾の家で馨之介は、「藩の柱石」海坂藩中老・嶺岡(みねおか)兵庫暗殺の件を持ち出される。家老、組頭、郡代らが仕組んだ謀(はかりごと)である。馨之介を前にした3人の「無礼な凝視」が続き、郡代が不意に言う。「これが、女の臀(しり)ひとつで命拾いしたという伜(せがれ)か。よう育った」。

 この一言が馨之介の心に突き刺さる。父の源太夫は18年前、藩内の政争に巻き込まれ、ある重臣を刺殺しようとして失敗し、腹を切ったと聞いている。郡代の言葉は、この件と関わりがあるのではないか。馨之介の疑念は広がっていく。

「馨之介は立止り、眼をつぶった。
 一瞬脳裏をくっきりと醜いものが通りすぎたのに耐えたのである。母は貞操を売ったのだ。その売値で取引きされたものは、多分俺自身の命だろう。」


 母の波留は、若い時分、城下でも評判の美人だった。41のいまでも、その面影を残している。

 馨之介は、昔、中老・嶺岡の屋敷で中間(ちゅうげん)をしていた弥五郎から、母が嶺岡の屋敷に通ったことを聞き出す。父・源太夫は、嶺岡を暗殺しようとして失敗、斬殺されたのである。そして、母はその男に貞操を売ってお家断絶を免れたのだった。

「唇がわななき、波留の低い声が洩(も)れた。
『お前のために、したことですよ』
『ずいぶんと愚かなことをなされた』
 馨之介は冷たい声で即座に言った。」


 その日、母の波留は自害した。

 その時馨之介は、私恨(しこん)で嶺岡刺殺を決意する。

 「大手門」から「五間川」を渡ってくる提灯(ちょうちん)があった。城を下る嶺岡である。明かりを囲む人影は3人。伴の2人を斬り倒した後、馨之介の刃は「兵庫の胸のあたりを真直ぐに突き刺し、衝(つ)き上げて来る憤怒(ふんぬ)を加えて、剣先はさらに深く肉を抉(えぐ)った。」

 意趣は晴らした。

 しかし、陰謀の痕跡(こんせき)抹殺を図る家老の一味は、嶺岡を刺殺した馨之介をその場で始末しようとかかる。

 闇の中に、物言わぬ数人の刺客が白刃を構えていた。かつて親友の、貝沼金吾が首謀者であることは、すぐに分かった。1人を斬り、逃げる馨之介は武士を捨てる覚悟をしていた。

 「暗い宿命」に翻弄(ほんろう)される下級武士の悲哀が描かれている。その後の藤沢作品、特に武家ものの原点を読み取ることができよう。

 作品は昭和48年の「オール讀物」3月号に掲載された。第69回直木賞受賞。藤沢さん46歳。

藤沢周平と庄内 なつかしい風景を探して

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