藤沢周平と庄内

【潮田伝五郎置文】 赤目川(赤川)

「霧がある。
 その中で葦(あし)は、枯れたまま直立していた。骨のように白く乾いていた。葦は河原の上では、二、三十本ずつの、間隔を置く塊になって点在し、緩やかな岸の傾斜を這(は)いおりると、そこではじめて密集する枯葦原となって、その先は浅い川の中ほどまで延びている。」


 海坂藩17石の御旗組、潮田伝五郎と300石の上士、井沢勝弥の果たし合いが始まろうとしている。霧の朝の「赤目川」の河原。勝負は、一方的であった。技量に差があったのである。

果たし合いのあった「赤目川」は、鶴岡市街地の東を流れる赤川であろう。遠くに金峯山と母狩山を望むことができる
果たし合いのあった「赤目川」は、鶴岡市街地の東を流れる赤川であろう。遠くに金峯山と母狩山を望むことができる
 1個の骸(むくろ)となった井沢の横で、伝五郎は気合鋭く切腹する。霧が晴れた時、河原に2個の骸が横たわっていた。

 物語は、潮田伝五郎が母・沙戸に宛(あ)てた置き文で、果たし合いに至るまでの経過を述べる、という形で展開する。

 作品では、御旗組の長屋がある「狐町」は、城下の端(はず)れにある。町の背後を「赤目川」が流れ、川の向こうには田圃が広がっている。いまの鶴岡市大宝寺町、宝町辺りであろうか。川はもちろん赤川である。藤島町に至る三川橋周辺の河原を連想させる。しかし、この川もイメージ的には、青龍寺川に近い。

 伝五郎には、思いを寄せる女性がいた。

 12歳の時、2つ年上の井沢勝弥とけんかをしたのは、上士の跡取りが、軽輩の伜(せがれ)の粗末な衣服を嗤(わら)ったためである。体の大きい井沢に打ち据えられ、血だらけの伝五郎を救ったのは、上士の娘・七重であった。七重は、伝五郎の着物と袴(はかま)の埃(ほこり)を落とし、血をふく紙を差し出してくれた。伝五郎に恋心が芽生えていく。

「海坂城下の盆踊りは、大がかりな結構と、華麗さで近隣に聞こえている。
 仕組み踊りと言い、それぞれの町内が早乙女、傘飾猿、ぬれ髪、菊慈童、力弥などと名付け、踊りの趣向を凝らす。(中略)
 八ツ(午後2時)から夜の八ツ(午前2時)過ぎまで、延々と踊り続けるのである。」


 七重と再会したのは、城下の盆踊りの夜のことである。許嫁(いいなずけ)の希世と踊りを見ていた伝五郎は、雑踏の中で不意に声を掛けられる。

 「潮田さまではございませんか」。

 七重はいま、640石の上士菱川家に嫁いでいる。「聡明で美しい容姿にふさわしい家」に嫁入っていた。

 そして、盆踊りの再会の後、「辛卯(しんぼう)の大変」という海坂藩の政争が起こった。斬(き)り合いの場となった菱川家の屋敷から、伝五郎は七重を救い出した。七重に対する熱い思いは、秘かに募るのであった。

 政争は収まったが、「七重どのが、榛(はん)ノ木の茶屋で、密(ひそ)かに男と会っている」と妻女の希世から聞いたのは、「大変」から6年がたっていた。

 そして、その男が井沢勝弥だったのである。

 伝五郎は、七重に思いを寄せる「囚(とら)われ人」だった。「わが神を汚すものは、井沢であれ、他の何びとであれ、わが前に死ぬべきものでござる」と伝五郎は置き文に記す。そして、果たし合いを決意する。

 城下で七重は、老女のきつい視線に気付く。息子を死に追いやった七重を睨(にら)みつける伝五郎の母・沙戸のそれであった。七重はしかし、井沢を好いていた。立派過ぎる夫に飽(あ)いていたのである。「あのような眼でみられるいわれはない」と、伝五郎の母にむしろ憤りさえ感じるのであった。

 七重にとって伝五郎は、大勢の顔見知りの一人、であった。その伝五郎が大切な人の命を奪ったのである。

 作品は「純粋すぎてひとりよがりな男の滑稽と悲惨を巧みにあぶりだしている」(『海坂藩の侍たち』向井敏著)のである。

 藤沢さんは、作品の中で鶴岡の盆踊りを詳しく紹介している。江戸末期の「仕組み踊り」(『鶴岡市史』上)を作中に織り込み、城下の庶民の楽しみでもあった盆踊りを、七重との再会の場に設定している。祭りは庶民の楽しみであった。その祭りを物語の中に取り込み、ストーリー展開の場として活用している。特に鶴岡の江戸期の盆踊りは藩主も見たほどで、城下のにぎわいは無礼講に近いものであったと言われる。

 作品は昭和49年の「小説現代」10月号に掲載された。藤沢さん47歳。

藤沢周平と庄内 なつかしい風景を探して

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