藤沢周平と庄内

【臍曲がり新左】 金峯山周辺

 「登城の途中新左衛門を見かけた者は、一様にいやな顔をする。(中略)
 『いい空模様でござるな』
 などと、もっとも当たり障(さわ)りないことをいう。すると新左衛門は、その挨拶(あいさつ)に早速喰(くら)いつく。
 『さよう、いまのところはな。だがあの雲をごらんあれ。午(ひる)過ぎには曇ろう』
 引っぱり込んで腰投げの荒技を打つようなことを言う。」


 治部新左衛門は家禄(かろく)110石の御旗奉行である。役持ちで聞こえはいいが、閑職である。藩中で評判がよくないのは、「稀代(きたい)の臍曲(へそま)がり」であるためだ。「金壺眼(かなつぼまなこ)」を光らせ、「憎さげな顔」をしている。しかし、その性癖と容貌を憎んでも、彼を軽んじる者がいないのは、数々の戦功を謳(うた)われた人物であるからだ。

 城中の斬り合いに、新左衛門を呼びに来たのは、そうした古い噂(うわさ)を覚えていた武士である。立ち合っていたのは、側用人・篠井(しのい)右京の甥(おい)・主馬(しゅめ)と新左衛門の隣家の総領・犬飼平四郎だった。平四郎は素手で向かっていた。間に入った新左衛門は、「やッ、やーッ、やッ」と腸を抉(えぐ)るような強烈な声で、篠井の膝(ひざ)を折らせた。「戦場往来の声」である。

 その平四郎は、新左衛門の一人娘・葭江(よしえ)を好いている。葭江は、これが新左衛門の娘か、とびっくりするほどの美貌である。親父が親父なので、縁談はことごとく立ち消えになる。平四郎だけが、意に介することなく葭江に近づいてくる。およそ遠慮というものがない。新左衛門にはそれが気に食わない。

 「伊波山は、城下から二里ほど南にひろがる丘陵地帯の総称で、なだらかな雑木林の中に、意外に深い谷があったり、人跡稀(まれ)な森があったりする懐(ふところ)の広い山である。」

 作品に藩名は出てこないが、武家もの短編のほとんどがそうであるように、海坂藩をイメージしていることは間違いない。海坂藩は荘内藩がモデル。だとすれば、この「伊波山」は金峯山やその周辺の丘陵地帯を描写の骨格にしている。藤沢さんが幼いころから親しんだ金峯山周辺の風景が浮かび上がる。「鳥刺し」に入る林は、金峯山周辺の小高い山々である。

 物語は、側用人・篠井右京一派と、これに相対する次席家老加藤図書一派の政争が土台になっている。海坂藩もののパターンである。藩主に家中の娘子を差し出して勢力を拡大する篠井。平四郎の妹・佐久にも魔の手が伸びる。平四郎が篠井の甥と危うく斬り合いしそうになったのは、そうした背景があった。そして、新左衛門は、篠井が「伊波山」で採集した砂金で私腹を肥やしていることも知る。

 次席家老に助力を頼まれた新左衛門はしかし、加担(かたん)を断る。ともに出征した朝鮮での戦いで加藤は、新左衛門が保護して納屋に匿(かくま)っていた村の少女を殿に差し出したのである。「女衒(ぜげん)めが!」と新左衛門は吐き捨てる。40年も前のことだ。

 城を下る途中の新左衛門は、夜陰に声を掛けられる。女の声である。篠井の差しがねで罠(わな)に嵌(は)められ、藩主の寝所から危機一髪、抜け出してきた平四郎の妹・佐久だった。新左衛門の怒気(どき)が膨(ふく)れあがった。

 「――女衒めが!」。かつて加藤図書に投げつけた言葉を、新左衛門はいま、胸の中で篠井右京に吐きかけていた。
 単身、篠井の屋敷に乗り込んだ新左衛門は、酒宴の最中だった右京を一刀のもとに斬り捨てる。立ちはだかる巨漢の「兵法者」を、「石切り」と呼ぶ秘太刀で葬(ほうむ)った。

 平四郎の機転で、その夜のうちに篠井の悪事が暴かれ、一派の追放が決定された…。

 年頃の娘を持つ父親の微妙な心情がユーモアたっぷりに描かれ、若い2人の、ともすると側にいるカタムチョ(庄内弁で意固地)の親父を置き去りにする初(うぶ)で純な愛が笑いを増幅する。2人を見守る新左衛門の目は限りなくやさしいのだ。

 作品は昭和50年の「オール讀物」4月号に掲載された。藤沢さん48歳。

藤沢周平と庄内 なつかしい風景を探して

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