藤沢周平と庄内

【隠し剣孤影抄・邪剣竜尾返し】 金峯神社

 「赤倉不動は城下から南に一里半。赤倉山の麓(ふもと)から二十丁ほど谷に分け入ったところにある。女の足で城下から日帰り出来る場所である。」

 『隠し剣孤影抄』は、8つの短編から成る。それぞれの編で藤沢さんが創案した不敗の秘剣が披露される。この作品もまたしかり。海坂藩の武士が、天与の剣の才を持ち合わせ、秘剣を繰り出す、という仕掛けである。この作品の舞台はたぶん海坂藩の城下、であるが、冒頭の描写は金峯山の中腹にある金峯神社周辺をイメージさせる。

 馬廻(うままわり)組の桧山絃之助は、藩の剣術指南役の後継者である。3年前に中風で倒れた父・弥一右ェ門に代わって「雲弘流」の稽古(けいこ)をつけている。その「雲弘流」の隠し剣が「竜尾返し」なのだ。絃之助はまだ、その秘剣の伝授を受けていない。

 赤倉不動は諸病に霊験あらたかと信じられていた。父の病気がよくなるようにと参拝に来て、絃之助はいま不動わきの「お籠(こも)り堂」にいる。参拝者はここで夜を過ごす。武家方の女から声を掛けられたのは、絃之助が握り飯を食べようとした時だった。

 「女は絃之助の斜め後にいた。そこからそっと笹の葉に載せたものを押してよこした。きれいに焼き上げた小鯛だった。小鯛は領国の西の海辺で獲れ、浜の女たちが日ごと城下まで売りにくる。」

 鶴岡市の西にある海沿いの町・加茂、金沢あたりの漁師が捕った小鯛であろう。行商の「あば」が城下に売りに来る様が見えるようである。

 その夜、女は「ここに籠る男と女は、一夜人里の掟(おきて)をはなれて、気ままにむつみ合うのだそうです」と、外の月あかりの下で絃之助の胸に倒れ込んできたのである。

 7年まえ、「飄然(ひょうぜん)」と城下にやって来た赤沢弥伝次は、町道場に出向いては試合を申し込んでいた。それがもとで、死んだ道場主もいた。赤沢は妖剣(ようけん)の使い手だった。絃之助にも試合の申し込みがあったが、城勤めの藩士ということで、受けなかった。

 「『俺の女房だ。あの女は』
 不意に投げやりな口調で赤沢が言った。
 『そう言えば、覚えがあるだろう』
 『なんのことだ?』
 と言ったが、絃之助はみるみる青ざめた。」


 「お籠り堂」の女は、赤沢の妻であった。赤沢は、絃之助が試合をせざるを得ないよう、女房を使って罠(わな)に嵌(は)めたのである。

 剣の技量は、五分。「雲弘流」の後継者とはいえ、父の弥一右ェ門は口もきけないほどの中風病み。秘伝「竜尾返し」は未だ見たこともない。絃之助の心に焦燥(しょうそう)があった。

 伏せている父から秘剣を聞き出したのは、剣術の心得がある姉の宇禰(うね)であった。日頃の看病で、わずかな口の動きから意味を読み取ったのである。

 竹刀で字禰と立ち合い、したたかに左の首を打たれた絃之助は、隠し剣「竜尾返し」を会得する。それは、相手が打ち込もうとする寸前に背を向ける。相手が一瞬、気勢をそいだところに、振り向きざまの一撃を加えるのである。

 試合は城下はずれの「柳の馬場」で行われた。「五間川」の川端にある。予想した通り、赤沢弥伝次は真剣での勝負を挑んできた。

 青眼に構え、じりじりと間合いを詰めてきた赤沢は、ふと口を開いた。「あの女は石女(うまずめ)だったのだ。それがどうやら貴様の子を孕(はら)んだらしい」。あ、と絃之助の心に動揺が走った。赤沢はその隙(すき)に撃ち込んできた。浅く肩先を斬られていた。

 次の一撃の瞬間、絃之助は「竜尾返し」を遣(つか)った。そして、赤沢の体は枯れ草の上に転んでいた。

 子を身ごもったというのは本当だろうか。しかし、それを確かめる術はなかった。女は既に城下を出ていたのである。

 「気ままにむつみ合う」という風習が、この時代、この地域にあったかどうかは不明だが、意表をつく隠し剣「竜尾返し」と奇習が、この作品を際立たせている「仕掛け」であろう。「五間川」「持筒町」「鍛冶町」「唐物町」など、海坂藩おなじみの川や町名が出てくる。荘内藩には「鍛冶町」があり、職人町の一角を占めていた。

 作品は昭和51年の「オール讀物」10月号に掲載された。藤沢さん49歳。

藤沢周平と庄内 なつかしい風景を探して

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