藤沢周平と庄内

【用心棒日月抄・凶刃】 寺々

 「『じつは、ごく内密に頼みがある』
 言うと、榊原は又八郎の目をひたとのぞきこむようにした。寺社奉行の青白い顔が急に表情を失い、二つの目だけがこちらの気配を窺(うかが)っているような、奇妙な感触を又八郎は受けた。」


 『用心棒日月抄』シリーズは、『用心棒日月抄』『孤剣』『刺客』『凶刃』の4作から成る。主人公の青江又八郎は、都合4回、江戸に上る。それぞれ完結形式で物語は展開するが、海坂藩と思われる「北国の小藩」の政争に巻き込まれ、それを解決する、という筋立ては変わらない。3度目まではいずれも浪人の身分。冒頭の描写は、4度目の江戸行きを打診される下りである。

 『凶刃』の又八郎は、40を過ぎている。「肩にも腹にも贅肉(ぜいにく)」がついている3人の子持ちである。『刺客』の又八郎から、16年がたっていた。

 藩の忍び「嗅足(かぎあし)組」とは、『孤剣』以来の関わりがある。特に、『刺客』の又八郎は、組の頭領・女忍者佐知に危ういところを助けられている。江戸では相思の間柄だった。『凶刃』は、その「嗅足組」の解散と、組の忍者皆殺しを謀る藩上層部との闘いである。

 「いとなみは、途中から貪(むさぼ)り合うような激しいものになった。どちらが誘ったとも誘われたともなく、予期せぬ愛欲の深みに落ちて行ったのは、歳月の空白がもたらした渇きと、さだめない行末が指し示している不安のせいだったかも知れない。」

 こうした場面を藤沢さんは、いつもは控えめに描写するのが常であるが、この作品でその抑制を解いている。読者へのサービスであろうか。組の女忍者や国元から来た味方の武士が次々に斬殺される中で、又八郎と佐知は16年振りの再会を果たすのだった。

 「嗅足組」皆殺しの背景に、藩主の側室選びがあったことを知った2人は、その背後に組頭・石森左門の影を強く意識する。そして石森は、城下の「五間川の尾花橋の船着き場」近くにあった道場の、かつての天才剣士であった。その配下に又八郎とは剣友の牧与之助がいた。『刺客』の作品で、藩主の座を狙い陰謀を企てた黒幕の寿庵保方(やすかた)を、ともに斬った仲間である。

 又八郎と佐知の探索の手が近づいているのを知った石森は、2人の抹殺を図って、上野不忍池近くにある寺に「誘い」をかける。そこで、死闘が始まる。「身の毛もよだつ神速の剣」を石森は遣(つか)った。しかし、一瞬の隙(すき)を突いて、又八郎の剣がうなり、佐知の短剣が石森の背を刺した…。

 隠れ家に戻った2人を待っていたのは、背後からの不意討ちである。抜き打ちにその「気配」を斬った又八郎の前に、息絶えた牧与之助の姿があった。石森は自分が倒された場合を想定して、「必殺の罠(わな)」を仕掛けていたのである。

 シリーズには多くの食べ物が登場する。「菊のなます」「小鯛の塩焼き」「筍や山菜」「カラゲ」「醤油の実」「村の者が売りに来るみょうが」「みょうがの紫蘇(しそ)漬け」など。まさに、庄内の季節の食べ物である。

 シリーズでおなじみの浪人「細谷源太夫」、口入れ屋の親父「相模屋吉蔵」はおちぶれて、あるいはすっかり年老いてそれぞれの16年間を過ごしていた。細谷は、越前のとある藩に仕官した伜(せがれ)の元へと旅立つ。

 そして、佐知はどうなるのか。不倫を扱った、長編『海鳴り』や、青春小説とでも呼べる『蝉しぐれ』でもそうであったように、藤沢さんは相応の結末を準備しているのである。

 佐知は(海坂藩)城下の南西のはずれにある「明善院」という尼寺の庵主になろうとしているのだ。4作にわたる長編のしめくくりはこんな描写である。

 「不意に又八郎は哄笑した。晴ればれと笑った。年老いて、尼寺に茶を飲みに通う自分の姿なども、ちらと胸をかすめたようである。」

 作品は平成元年の「小説新潮」3月号から平成3年5月号まで断続掲載された。藤沢さん59歳から64歳。

藤沢周平と庄内 なつかしい風景を探して

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