藤沢周平と庄内

小鯛の塩焼きやハタハタの湯上げ

 「肴はさっき言った小鯛の塩焼きで、ほかに豆腐のあんかけ、山菜のこごみの味噌和え、賽(さい)の目に切った生揚げを一緒に煮た筍(たけのこ)の味噌汁、山ごぼうの味噌漬けなどが膳にのっている。
 筍の味噌汁には、酒粕を使うのが土地の慣わしだった。」
(『三屋清左衛門残日録』)

 小料理屋「涌井」のおかみ「みさ」は、いつも旬の料理を出す。藩名は出てこないが、作品は「海坂藩」ものの1つ。荘内藩をモデルにしている。つまりは、庄内の旬の味である。

藤沢さんが勤めた旧黄金村役場(元黄金コミュニティーセンター)と背後の山の斜面に広がる竹林。孟宗(もうそう)の産地でもある
藤沢さんが勤めた旧黄金村役場(元黄金コミュニティーセンター)と背後の山の斜面に広がる竹林。孟宗(もうそう)の産地でもある
 小鯛(こだい)の塩焼きは藤沢さんの作品に最もよく出てくる食べ物である。鶴岡市の前芸文協会会長・日向文吾さんの『庄内のうまいもの』によると、「庄内の小鯛は昔から珍重され、現在も旅の来訪者を喜ばせている。これの一番うまいのは湯野浜温泉からわずか一キロばかり南にある金沢でとれるのが最上とされている」とある。小鯛の塩焼き抜きでは、藤沢文学は語れないのである、と言ったら言い過ぎか。

 鶴岡市出身の作家・丸谷才一さんは「JAPAN AVENUE No.11」で、「不思議でならないのは『用心棒日月抄』にハタハタもダダチャ豆も現われないことである。大事に取ってあるのだろうか」と書いている。

 ハタハタについて藤沢さんは、その後の作品に何回となく登場させている。『三屋清左衛門残日録』では「ハタハタの湯上げ」「ハタハタの田楽焼き」を紹介している。しかも、大黒様のお年夜のころに捕れる―と、鶴岡の風習まで説明する念の入れようだ。

 この田楽焼きは『秘太刀馬の骨』でも膳にのぼる。『三屋清左衛門残日録』では「寒鱈汁」や「赤蕪(あかかぶ)漬け」まで読者に提供しているのである。

 「『うむ。その孫蔵に聞いた話だが、この赤蕪と申すものは平地の畑で作ってもうまく行かんそうだ』
 『ほう』
 『鹿沢通のように焼畑の多い山奥で作ったものが、出来もよく味もよい。つまり痩(や)せ地に適し、土の肥えているところには不向きということになる』」
(『三屋清左衛門残日録』)

 孫蔵というのは鹿沢通の代官である。ここでいう鹿沢通は温海のことであろう。一霞(ひとかすみ)あたりの温海蕪(あつみかぶ)を思い浮かべることができる。

 庄内の郷土料理が頻繁に登場するのは、『三屋清左衛門残日録』と『用心棒日月抄・凶刃』が双璧(そうへき)である。その料理を出してくれるのは、心を許した女性である。清左衛門に思いを寄せる「みさ」であり、『用心棒』シリーズで青江又八郎と相思の「佐知」である。「佐知」は18で国元(海坂藩)から江戸に出てきた。「嗅足(かぎあし)組」の頭領である。

 「『夏ごろになると、村の者がみょうがを売りに回って来たものですが、近ごろも参りますか』(中略)
 『あれは不思議なことに、平地では良い物が育たぬそうです。日陰の山畑がよろしいと聞きました』
 佐知はそんなことまで知っていた。」
(『用心棒日月抄・凶刃』)

 鶴岡でミョウガと言えば谷定(たにさだ)のそれである。酒田市の元助役、故伊藤珍太郎さんの『庄内の味』に、「金峯山にみょうがを探る」の項があり、その山麓の谷定の「みょうがには、軽い香気がある。そして、シャリッとした淡白な歯ざわりがある。この持ち味はどう料理しても失せぬところが食品としてみょうがの珍重すべき所以(ゆえん)である」と書いている。

 藤沢さんにとってどうしても紹介したい、あるいは読者に食べてもらいたい古里の味だったのではないか。

 『用心棒』シリーズの4作目『凶刃』で藤沢さんは、それまでの抑制された描写を解き放った感があるが、男女の営みだけでなく食べ物についてもそうである。古里の料理、食材を惜しげもなく紹介している。「カラゲ」と「醤油の実」に至っては、もはや奔放である。

 伊藤珍太郎さんは『庄内の味』で、「エイのひれを干した唐貝(からげ)(中略)など、いさばものには優秀な味をたくわえているものが多い」と説明している。さらに、「醤油の実」は「この貧しく富める味」として一項を起こしている。

 藤沢さんの作品では、庄内の風景だけでなく、味も重要な役割を担っている。つまり、物語の非日常性から現実の日常性への引き戻しであろう。

藤沢周平と庄内 なつかしい風景を探して

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