兄・小菅久治さん こぶしの木を切っていた

「そのころの忘れられない光景がある。四月末のある日、兄が家のうしろにある辛夷(こぶし)の木を切っていた。その辛夷は子供なら四人ほどは手をつながないと囲めない大木で、季節になると青い空を背にうち上げたように無数の白い花が咲いた。その木に兄はまず斧をいれ、ついでノコギリを使いはじめたところで私に見つかったのである。」(『半生の記』)

 小菅家は繁蔵(しげぞう)、たきゑの間に三男三女がいた。長男・久治さんは周平さんと7つ違い。「同じ兄弟でも、あまり一緒にいたという記憶がない。残念ながら特に留治の小さい頃の印象が薄い」と久治さんは語る。尋常高等小学校を出ると、近くの農家に奉公に出た。そして、奉公が明けると今度は赤紙。戦地に出向いてしまう。復員したのは周平さんが山形師範に入学した頃である。

 水争う兄を残して帰りけり(小菅留治)

 この句は、田んぼの水を巡って険悪な空気の農家の雰囲気を伝えている。復員した久治さんの、農家の長男としての意気込みが感じられる。

 ■戦後の農家の苦労
 辛夷の一件は、それよりさらに後の、結核療養時代のことである。久治さんは、農業をしながら運送業に手を出した。運転免許もないまま、トラック2台を購入した。人を雇い、工事現場に土砂を運ぶ仕事などを請け負ったが、素人の無計画がたたり、いつの間にか当時で200万円の借金を抱えていた。田畑を売り払ってもまだ借金が残り、親戚に肩代わりしてもらった。薪(たきぎ)は山から採ってくるのだが、村を通らなければならず、それが耐えがたく屋敷の辛夷を切ろうとしたのだった。

 「留治や繁治(末弟)、姉妹には大変つらい思いをさせた。書いてあるような辛夷の一件は、どうしても思い出せない。とにかく大変な時代だった」と久治さんは振り返る。病人を抱えた、農家の総領としての苦労は、並大抵のことではなかったようだ。周平さんはこの頃、鶴岡市の病院に通院して結核の治療を受けていた。

 ■周平さんからの手紙
 久治さんは、周平さんからの手紙、はがきを大事にとっている。了解を得て、そこから幾つかを紹介しよう。

「この間は梅干しをありがとうございました。梅干しは身体にいいので、切らさずに食べるようにしているのです。子供のころ、庭に新しいむしろをしいて、梅を干していたのを思い出します。今年は家の裏にミョウガがたくさん出て、ひと夏たべました。年をとると、やっぱり昔食べたものがなつかしくなります」

「お餅をいただきましたので、展子にもわけてやります」(注・展子さんは藤沢さんの長女)

「『わらび座』の『春秋山伏記』、大変な盛況だったと、ほかの人からも手紙がきています。これも市長さんはじめ皆さんのおかげと思っています。兄さんの言うとおり、このゑ姉さんに見てもらいたかったです」(注・このゑ姉さんは藤沢さんの2番目の姉。この前に亡くなっている)

「庄内メロンをたくさん頂きました。ありがとうございました。いつもたのしみにしているメロンなので、お礼状より先にいただいています。とても味がよく、これなら東京の方でも売れるのではないでしょうか」

「庄内柿をいただきました。有難うございました。この前の台風で日本海の地方はいろいろ被害があったと聞いていますから、柿が落ちたりしたのではないかと思っていたのでとてもうれしくいただきました」

「冬にバイクに乗るときは、膝のあたりをあたたかくするといいでしょう。また、こういぅ痛みは、あたたかくなると自然になおると、何かに書いてありました。春になりましたから、そろそろいい方にむかうと思います」 (注・久治さんは膝の痛みで通院中だった)

「病気の方は、月一回の診察でよくなったということで、本当によかったですね。よくがんばったと敬服しております。私も昨日四回目の治療をやるはずでしたが、内視鏡をのぞいたらほとんどなおっていて、治療の必要はないということでした。これでそろそろ退院準備に入ります。ご心配かけましたが、どうぞご安心ください」(去年の退院前のはがき)

 宛て先は「小菅久治様」そして、差出人はいずれも「小菅留治」とある。「藤沢周平」の印刷をペンで消し、「小菅留治」としている。はがきは、ちいさな字でびっしり書いてあるのが特徴だ。

藤沢周平と庄内 ゆかりの人々

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