教え子の1人・大滝澄子さん 好きだった馬酔木とサンシュユの花

 「隣村とは言うものの、中学校がある湯田川村は私の村の西にひろがる懐のふかい丘陵にへだてられた、私には未知の土地だった。(中略)東側の村村は終日あきらかに見えていたが、丘の陰にある西側の村村の姿は片鱗も見ることが出来なかった。教師になって赴任してはじめて、私はいつも日が暮れる丘のむこうにある村を見たのである。」(『半生の記』)

 小菅留治(藤沢周平)さんは、昭和24年3月に山形師範を卒業し、湯田川中学校に赴任した。21歳だった。2年生の担任である。当時は新制中学校がスタートしたばかりで、「担任の先生が半年ぐらいでクルクル変わった」と鶴岡市湯田川温泉の九兵ヱ旅館女将・大滝澄子さんは語る。

 その年の2学期から、小菅先生は1年A組担任となる。大滝さんはB組だったが、国語と英語の授業は小菅先生から習った。「若くて優しい先生で、何かにつけて一緒にいた」という。10歳違いの先生である。

 ■全生徒参加の放送劇
 前髪を手でかき上げ、左手に国語の本を持って、机の間を歩きながら読む。静かだが、よく通る声だった。漢文が得意で、いろんなことを説明してくれた。

 作文の授業には特に力を入れ、よい作品は皆の前で読んだ。2学期の初め、大滝さんの作文が読まれたことがある。夏休みの間の出来事を書いたものだ。小菅先生の批評は「技巧的過ぎる」というものだった。

 大滝さんの印象に強く残っているのが、小菅先生自作の「白鷺(しらさぎ)」の放送劇である。生徒全員が参加するもので、登場人物はもちろん、風の音や鉄砲の音などの擬音係、B・G・M担当など全員に役割を振り分けた。湯田川温泉の言い伝えを物語にしたもので、身近な題材だった。そして、作中に流れるのは、生徒たちがこれまで聞いたこともないようなクラシックである。幾つもの曲があった。

 「私たちの学年が仲がいいのは、小菅先生が分け隔てなく扱ってくれた、というのが根底にあります。羨望(せんぼう)とか嫉妬(しっと)がなかった。先生に対しては皆同じ気持ち。先生もそうだった」と大滝さんは回顧する。近くの野山を散策しながら、堀辰雄の詩や中国の漢詩を朗読してくれた。こうした詩は、紙に書いて教室に貼っておいてくれた。

 昭和24、5年の戦後の混乱期に、学校の教室でクリスマスパーティーを開いたことも、大滝さんには忘れられない思い出である。教室いっぱいに飾りつけをした。その会場で「美空ひばり」の「悲しき口笛」を大滝さんは歌った。余興が続々飛び出し、サンタが窓から入ってきたりした。小菅先生はにこにこしながら生徒を相手に雑談するのである。

 温泉に実業団の野球チームが逗留(とうりゅう)したことがある。その練習の日、中学校の生徒たちはグラウンドに土を運ぶ作業だった。作業を怠けて練習を見ていた男子生徒が、小菅先生からゲンコツを1個もらった。皆が労働している時に1人だけ怠けるのは恥ずべきこと、というのである。「先生の哲学みたいなものがあった」という。

 ■2年だけの教師生活
 小菅先生は結局、2年間だけの教師生活だった。大滝さんのクラスが3年になった年の新学期から、学校には来なくなった。肺結核ということはそれとなく皆分かっていたという。「友達と鶴岡の病院や高坂の先生の自宅にお見舞いに行った。先生はいつも明るい笑顔で迎えてくれた」と大滝さん。東京・東村山市の療養所に入院してからも、大滝さんは見舞いに訪れている。持参した観葉植物が「いつまでも花が咲かないし、実もならない」と、藤沢さんは手紙に書いてきたという。

 東京にいる当時の教え子が集まって「泉話会」をつくった。藤沢さんを招待して昔話に花が咲く。たまたま上京中の大滝さんも出席した時、藤沢さんは何かの話の折りに「私が死んだら、皆に来てもらった方がうれしい」と語った、という。以前手術した際の輸血で肝炎にかかり、いつも具合が悪かったはずだが、そんなことはおくびにも出さなかった。

 この1月、藤沢さんが亡くなった時、故人の遺志で、当時の生徒の多くが通夜、火葬、葬儀と参列した。

 藤沢さんが後年、よく泊まった九兵ヱ旅館の部屋から、春になると白い馬酔木の花と薄い黄色を散らしたようなサンシュユの花が見える。この部屋が藤沢さんは好きだった。

藤沢周平と庄内 ゆかりの人々

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