荘内文学同人・富塚喜吉さん 私もまた人生の失敗者だった

 「人はみな失敗者だ、と私は思っていた。私は人生の成功者だと思う人も、むろん世の中には沢山いるにちがいない。しかし、自我肥大の弊をまぬがれて、何の曇りもなくそう言い切れる人は意外に少ないのではなかろうかという気がした。かえりみれば私もまた人生の失敗者だった。失敗の痛みを心に抱くことなく生き得る人は少ない。人はその痛みに気づかないふりをして生きるのである。」(「荘内文学」第10号・啄木展)

 藤沢周平さんが地元の同人誌に寄せた一文である。啄木がなぜこんなに人気があり、彼の短歌がなぜ人々に好まれるのか、その理由の一端として上げているのが、引用の部分である。

 そして、「そういう人間が、たとえば『一握の砂』の中の『友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ』といった歌を理解できるのではないかと思った」と続けている。

 結核療養が長引いての教師失職、最初の奥さんとの早すぎる別れなど、藤沢さんには辛い時期があった。それが背景にある。

 自らの作品を「負のロマン」と評した藤沢さんは、石川啄木に、同じ影を引きずる「こちら側」の人間としての親近感を抱いている。藤沢文学の本質を語っているのではないか。

 ■主人公に歩かせたい
 藤沢さんが本音を吐露した地元の同人誌「荘内文学」は、高校教師の富塚喜吉さんを中心にして昭和50年に創刊された。「物心両面で藤沢先生の支援を受けてきた。わざわざ銀行口座を設けて、新しい号が出る前に現金を振り込んでいただいた。先生の厚意を思うと、おいそれと廃刊するわけにはいかない」と富塚さんは語る。

 富塚さんの自宅に、藤沢さんは何度か足を運んでいる。富塚さんはかつて『鶴岡小路尽』を刊行している。城下町・鶴岡の小路を拾い上げ、由来を説明したものだ。市の広報に連載し、それを豆本で出した。「読みましたよ、頑張りましたね」と励まし、「あの小路をぜひ、作品の主人公に歩かせてみたい」などと約束するのだった。

 平成2年、同人で鶴岡市史編さん委員の堀司朗さんに藤沢さんから分厚い封筒が届いた。前年の秋に出した「荘内文学」11号に対する批評である。400字詰め原稿用紙14枚にも上る丁寧なものであった。1作品ごとに評を加え、作者を励ましている。決して酷評はしない。良いところを伸ばすような滋味のある言葉が並ぶ。そして、「その踏み込み不足のために、全体の印象がやや平板になりましたね」などと指摘する。温かく見守り、大事に育てていこう、という親のような心遣いが感じられる。

 「昭和の初期に、鶴岡の人口はせいぜい3万人ぐらいだったそうですが、そのころの鶴岡には10誌に余る本格的な同人雑誌、詩誌があって、創刊したりつぶれたり、活発にやっていたそうです。それを考えれば、現在も『荘内文学』1誌ぐらいは、がんばって潰さずに続けてもらいたいものだと、最後に希望を述べさせてもらいましょう」と締めくくっている。藤沢さんは「感想」という形で述べ、「みなさんが顔を合わせた折りにでも、話の種にしてください」としている。活字にはしないでくれ、と堀さんに念を押している。飽くまでも心優しいのである。

 ■夢にうなされる一件
 そうした藤沢さんの姿勢に甘えたわけではないが、「いまでも夢に見て、うなされる時がある」と富塚喜吉さんを後悔させる一件がある。

 富塚さんの応接間に藤沢さんが来た時のこと。荘内文学について雑談をしていたが、なぜ時代小説を書くのか、という話になった。富塚さんは時代小説の犯科帳ものが得意だった。「私は、時代小説の大家を前に、臆面(おくめん)もなく『人生経験が乏しいから、時代小説しか書けない』などと言ってしまった。言ってからアっと思ったが、もう遅い。先生は聞き流しておられたが、大変失礼なことを言ってしまったと顔が赤くなった」という。

 以来、富塚さんは自責の念に駆られ、いつか藤沢さんにお詫(わ)びをしなければ、と思い続けていた。いまとなっては、その機会は永久に訪れない。

 「神さまみたいに思っていた人なので、恐れ多くて弁解するのも何だし、それで言いだすきっかけを失ってしまった。思い出すたびに、自分の浅はかさがつくづくイヤになる」とも。富塚さんは、この一件は自分の胸にしまっておこうと思っていた。しかし、それでは藤沢さんに申し訳ない。公にすることによって、自分の不明に対する叱嘖(しっせき)を甘受することにしたという。それだけ、地元の人々から藤沢さんは愛されたのである。

藤沢周平と庄内 ゆかりの人々

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