句会主宰・畠山弘さん 書かれなかった「大山庄太夫の一件」

 「書き辛いということで、私がいま難物だと思っているのは、幕末の荘内藩の動きを指導した菅さんという人のことである。会津藩とならんで最後まで朝敵とされたこの私の郷里の幕末史は、ぜひ一度とりあげたい素材なのだが、その中心人物だった菅さんという人は、いまだに評価が分かれているところがあって、この人を書くには相当の覚悟が必要のようである。」(『小説の周辺・書きにくい事実』)

 結論からいうと、藤沢さんはこの菅実秀(すげさねひで)という人を扱った歴史小説は書いていない。『小説の周辺』の「書きにくい事実」という一文は、昭和53年に書かれたものだが、それ以降もやはり菅実秀は書きにくい対象であったようだ。つまりは、菅さんの家系がれっきとして現存し、幕末から明治にかけた歴史にはまだ生々しい部分があり、分かれる評価を紹介するには時間の濾過(ろか)が十分ではない、と判断したのだろうか。あるいは、幕末の荘内藩を二分した勤皇派、佐幕派の暗闘「大山庄太夫の一件」を含め、江戸詰め用人から中老まで上りつめた菅実秀という人物像がつかみ切れなかった、ということもあり得る。

 ■鶴岡ならではの事情
 藤沢さんの時代小説家、歴史小説家としての姿勢や純文学への思いなどを知る上で興味あるエピソードを紹介しよう。

 藤沢さんが、『龍を見た男』の取材で鶴岡を訪れた時のことである。市内に、「らくがき俱楽部」を主宰し、俳句雑誌「爐(ろ)」編集兼発行人である畠山弘さんを尋ねている。「彼(藤沢さん)は帰りがけに車にのりかけて、また引き返してきた。『あんたは(地方のことを)書きにくいだろうな。私は東京にいるから書くことができるのだ。じやァさよなら』」(「爐」第51号、『遙かなひと』畠山弘)と言って帰っていったという。江戸から明治にかけての歴史が、まだつながっている鶴岡ならではの事情である。

 また、これより前に畠山さんは、直木賞受賞直後の藤沢さんと会っている。畠山さんの自宅でカツ丼を食べながら、純文学の話になった。この時、藤沢さんは「私は体をこわして純文学に入れなかった」としみじみ語ったという。「多分生活のために、大衆ものといわれるものに筆を染めながらも、純文への未練みたいなものが、ぼそぼそと話す、話の裏ににじんでいた」と畠山さんは振り返る。

 その後の藤沢さんの作品が、大衆文学と純文学の垣根を取り払った、と評価される、遠い起点のようなものがこの辺にありはしないだろうか。

 畠山さんが藤沢さんと初めて会ったのは、鶴岡市内の古書店である。史料あさりをしている藤沢さんと偶然、顔を合わせた。鶴岡中学の同窓生という間柄で、いつの間にか親しくなった。

 「ものすごい量の史料を抱えていた。後年、海坂藩を通じて藤沢王国を造り上げたのは、こうした史料を駆使してのことではなかったか」と語る。

 ■地元の協力が支えに
 藤沢さんは膨大な史料を基に作品を書いた。そして地元鶴岡で、藤沢さんを支えた人々がいる。鶴岡市史編さん委員の堀司朗さんもその1人である。

 総穏寺の仇討ちを素材にした『又蔵の火』には、そうした地元の協力もあった。堀さんは、鶴岡市立図書館に34年勤務して、定年を前に退職した。書斎にこもる日々だが、「藤沢さんは、多くの人気作家がそうであるように史料集めのスタッフを抱える、などということはしなかった。一人でコツコツと史料を収集し、書いておられた。私は郷土資料館の館員も兼務していたので、少しでも手助けできれば、という一心だった」と回顧する。

 「鶴岡市史の上巻を、藤沢先生ほど読みこなした人はいないのではないか。荘内藩の藩政、政情、武士階級の仕組みやその生活、商人、農民の生活など、実に丹念に調べて書いておられた。海坂藩は荘内藩をモデルにしている、と言われるのは、鶴岡市史や荘内藩正史といわれる『荘内史料集』(23巻のうち既刊は19巻)を基にしているからだと思う。『風の果て』などは、まさに鶴岡市史を背景にした作品でしょう」と堀さん。

 コピーを中心に、史料をせっせと送った堀さんには、1つの願いがあった。山本周五郎の『樅の木は残った』が念頭にあって、それを上回るような長編小説を書いてほしい、と思っていたという。つまり、それが菅実秀に絡む「大山庄太夫の一件」である。「先生はきっと書きたかったはず…」と、志半ばを残念がる。地元には、そうした人々がたくさんいるのである。

藤沢周平と庄内 ゆかりの人々

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