恩師の娘さん・松田静子さん 庄内の風土が養った目

 「三年のときの担任は難波主税先生だった。柔道選手のようにがっしりした身体をしておられたが、先生の娘さんである松田静子さん(県立鶴岡北高校教諭)のお話によると、柔道ではなく相撲をやっておられたらしい。(中略)

 ところで娘さんの松田静子先生だが、先生は私の小説の古くからの読者で、つい二、三年前まで、私が亡父の教え子であることを全く知らないままに、勤務校の研究紀要に『藤沢周平の作品のさまざまな風景』などという小論文を発表されたりしていたという。世の中はおもしろいというべきか、あるいは不思議だというべきか。」
(『半生の記』)

 引用が長くなったが、松田静子さんは現在、県立鶴岡工業高校で国語の先生をしている。藤沢周平研究の第一人者で、藤沢さんが亡くなる前後に鶴岡市中央公民館で開かれた文学公開講座「藤沢周平の文学を読む」の講師の1人を務めた。

 去年夏、松田さんは藤沢さんの好物である「ミョウガの梅酢漬け」を贈った。藤沢さんの作品にも出てくる漬物である。近況を伝える添え状も一緒にした。

 藤沢さんからの礼状は「また文学講座に引っぱり出されるとのことで、毎々ながら恐縮いたします。(地元のおいしい漬物をありがとうございました)しかし、先生がいちばんよく私の文学を理解していてくださるので、ごくろうさまながらよろしくおねがいいたします」と書いている。恩師の娘さん、そして藤沢作品の熱心な読者。藤沢さんは古里に最大の理解者を得ていたのである。

 ■深みのある人間描写
 藤沢さんの恩師・難波主税先生は、若くして亡くなった。静子さんが2歳半の頃である。「小さかったので、父の記憶がない」という。そして、相撲を取っているお父さんの写真があって、「その写真の印象が強く、父は相撲をとっていた、と藤沢先生にお伝えした」のだという。ところが、よく調べてみると、お父さんは確かに柔道をやっていた。藤沢さんが正しかったのである。

 松田さんが最も好きな作品は『海鳴り』である。小説としての面白みがあるという。江戸商人の、追い詰められた切実な生き方が巧みに描かれている。人間描写に深みがあり、主人公の幸福感と悲哀が伝わってくる。しかし、松田先生は立場上、生徒に勧めるのは『蝉しぐれ』である。誠実に生きれば、やがて報いられる、あるいは希望がある、という作品だ。文章もいい。清冽なイメージが若い人にはピッタリである。

 藤沢さんの古里への愛着について「本当は庄内で教員としての人生を送るはずだったが、病気で古里を捨てざるをえなかった、という気持ちが強かったのではないでしょうか。農家の二男で、手伝いなどをしながら、土とともに生きてきたという『土着性』があって、一方では実家が既にない。常に帰る場所がない、というのは寂しいもので、かえって古里を求める気持ちが強かったのでは」と松田さんは語る。そして、いつもそこにあった山や川が、望郷の念を募らせる、とも。

 「藤沢さんの情景描写は詩人の目であり、その切り口がすごい。情感あふれる描写、例えば闇や水の音、雨の音などは詩人のそれです。こうした目は、庄内の風土が養った、と私は思っています」という。師範時代の詩や療養時代の俳句がその目を、さらに磨いた。ストーリーテラーとしての道を歩んだ藤沢さんは、感受性豊かな時代小説家として大成する。

 ■郷愁に近いこだわり
 「ストーリーの面白い時代小説家はほかにもいる。しかし、詩人の目を持ち、複眼的な発想で物事を多面的にとらえられる作家というのは藤沢さんだけ。しかも、作品に登場する祭りや獅子舞、松の勧進など庄内の風土と密接に結びついた風俗、それに食べ物や庄内弁など、庄内の人々は深く共感しながら作品を楽しめる」と解説する。作品には「失われゆく古きよき庄内の姿がある」とも。藤沢さんの郷愁に近いこだわりであろう。

 松田さんは3月、娘さんと一緒に東京・深川を訪れた。藤沢さんの江戸市井ものの舞台になった下町である。隅田川や小名木川のほとりを歩いて藤沢周平さんをしのんだ。そして、江戸文化を専門的に研究してみたい、という気持ちに動かされている。

 庄内と江戸・深川辺り。藤沢さんが深く愛した2つの風景は、今確かに春である。

藤沢周平と庄内 ゆかりの人々

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