連載企画月山・夏変化■茂吉が見た情景広がる <第3日>
2009年07月30日 掲載
広大な雪渓「大雪城」の上に立つ踏破隊。周囲には霧が立ちこめ視界が悪かった=29日午前10時
月山踏破第3日の29日は、頂上小屋から南に下り、西川町の岩根沢を目指す行程。雨がっぱにザックカバーといういでたちで、視界の悪い山頂直下を下るうち、巨大な白いものが目に飛び込んできた。大雪城(おおゆきしろ)の雪渓だ。雪が数十メートル積もる万年雪として知られる。頂上直下からしばらく、登山道にはロープが敷かれているが、大雪城に入ると雪の下に隠れてしまう。おまけに視界は20メートルほど。雪渓に続く道を見つけるのは、なかなか大変だ。
月山頂上から岩根沢登山口に降りる途中の登山道では、草木が覆いかぶさっている所があり、踏破隊を苦しめた=29日午前10時55分
約80年前の1930(昭和5)年、上山市出身の歌人斎藤茂吉は、15歳になった長男茂太に出羽三山を初詣でさせようと、岩根沢口から月山に登った。途中、こんな歌を残している。 「月山のいただき今しかくろひて氷の谿(たに)に雨ふりにけり」 この日の大雪城の情景に、ぴったり重なった。 大雪城の下は、所々岩が突き出た緩斜面にハクサンイチゲ、チングルマ、イワカガミ、ヒナザクラなどの高山植物が咲き乱れる。頂上小屋の主人芳賀竹志さん(63)=鶴岡市=の「日本庭園みたいでいい場所だよ」という言葉通り。踏み跡がほとんどなく、登山者がいない様子なのがもったいない。 その先から、様相は一変する。低木や笹が覆いかかり、実に歩きにくい登山道になってしまう。足元が見えず不安定だし、背中の荷物が木の枝にしょっちゅう引っ掛かる。今は登山者がいかに少ないにせよ、八方七口の1つとして登拝者でにぎわった登山道にしては、寂しい限りだ。 下りが一段落すると、尾根筋の平たんな道をひたすら歩く。林道の終点に着いた後は、岩根沢を通ってこの日の宿の月山志津温泉(西川町)に向かった。 (月山踏破取材班) 月山・夏変化 記事一覧
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