連載企画

大人の発達障害

■悩みと希望と−県内のケース (4) 広汎性発達障害
2008年01月23日 掲載
大人の発達障害者らの就労をサポートする機関の一つ、山形障害者職業センター。カウンセリングや作業体験を通じ、自分の能力の特性を知ることが大事だという=写真と本文は直接関係ありません
大人の発達障害者らの就労をサポートする機関の一つ、山形障害者職業センター。カウンセリングや作業体験を通じ、自分の能力の特性を知ることが大事だという=写真と本文は直接関係ありません
 「長くて暗いトンネルを抜けたようだった」。幸子さん(55)=仮名=は、二女の歩美さん(23)=仮名=が数年前、広汎性発達障害と診断されたときのことをそう語った。自分の育て方を責めながら、娘と奔走してきた日々に光が見えた瞬間だった。

 歩美さんの「普通じゃない行動」が、特に目につくようになったのは、中学生になってから。ある日「男の子になりたい」と言って、言葉遣いや振る舞いが急に乱暴になった。学校帰りに立ち寄った書店で、大好きな漫画を何時間も立ち読みし、夜遅くまで帰宅しない。カラオケに行って終列車に乗り遅れたら、迎えに来てほしいとも連絡せずに十数キロの道を歩いて帰ってくる。夢中になると、時間や周囲のことが見えなくなった。

 「この子はちょっと変わってる」。幸子さんはそれが母である自分のせいではないかと悩んだ。担任の教師に相談したが、週1回、趣味のサークルに参加していることを話すと「へーえ、お母さん、夜に出掛けてるんですか。なるほどねえ」と、だから駄目なんだと言わんばかりに批判された。育て方が悪い、しつけが悪い−。周りに責められているような気がして、幸子さんは仕事を辞め、相談先と解決策を探して奔走した。

 そうして歩美さんが20歳になるころ、たどり着いた発達障害という診断。ほっとしたが、歩美さんがどう社会で生きていけるのか、母娘の新たな試みが始まった。さまざまな仕事を探しては挑戦したが、介護ヘルパーになったときは他人の体に触れることができず、流れ作業のアルバイトは1週間、荷物の仕分け業務は3日で解雇された。

 その後、職業訓練センターや就労・生活支援センターなどを知り、サポートを受け、今は事務系の仕事に就いている。障害者雇用を進めている事業所だ。取得した精神障害者手帳が役に立った。勤務時間が短く、給料が安いのはつらいけれど、就職試験に合格し「来てください」と言われたのが何よりうれしかった。「歩美は、合格の電話に『行きます、行きます!』って、もうすごく喜んでたもんね」と話す幸子さんの声も、うれしそうに弾む。

 歩美さんが現在望んでいるのは、友達をつくれる場。「同じ世代で同じような立場の人が集う機会がほしい」と言った後、「できれば、男の子の友達がいいんだけど」。家族に冷やかされ、歩美さんは、はにかんだ。

 幸子さんは、そんな様子を見つめ「発達障害や支援機関を知らずに、困っている親子が多いんじゃないかしら」と話す。数年前まで自分たちがそうだった。歩美さんは将来、しっかり生活していけるだろうか。学校を出れば支援体制が薄くなってしまう現状では、親の心配は尽きない。「発達障害者を受け入れる世間のハードルが、もっと低くなれば…。『ちょっと人と変わっていたっていいじゃない』、そう堂々としていたい」

 感情や行動のコントロール、集中力の維持などが苦手な発達障害児・者に特徴的な行動については「親の愛情不足や甘やかしが原因」「しつけ、育て方が悪かった」という誤解や偏見を持たれることが多く、本人や家族を苦しめる一因にもなっている。県発達障がい者支援センター(上山市)の中島貴史主査は「相談を受ける周囲の人がデリケートな家族の心境を理解し、気を配ることが大切だ」と話す。

 県内には、自閉症や注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)などの親の会や特定非営利活動法人(NPO法人)、成人の当事者の会などがあり、情報交換や支援体制の充実を目指し、活動を展開している。

(報道部・烏美紀子)
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