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第2部・冬と雪(3) 貴重な収入源「啓翁桜」

2014/3/18 10:17
日本一の生産量を誇る本県の啓翁桜。栽培農家の貴重な冬場の収入源となっている=山形市村木沢

 雪国山形から首都圏などに届けられる一足早い春の贈り物、啓翁桜。真冬にあって室内で日に日に膨らむつぼみは見る者の顔をほころばせ、ほのかなピンク色の花が開けば、華やいだ空間を演出する。生産量日本一を誇る本県の「冬の桜」は、栽培農家にとって貴重な冬場の収入源となっている。

 「20年ほど前まで、冬は建設業のアルバイトが専らだった。公共工事がだんだん減って働き口がなくなり、啓翁桜に本腰を入れた」。今月初旬、山形市村木沢の自宅敷地内にある小屋で、啓翁桜の出荷作業に励む斉藤稔さん(57)はこう振り返った。室内は外気の侵入を極力抑え、温度を一定に保つため出入り口、階段部分などをシートで覆う。薄明かりの中で、一本ずつ枝ぶりを確認し包装する作り手が「全て手作りだよ」と教えてくれた。

 20歳で就農した斉藤さんは現在、1.4ヘクタールで水稲、0.7ヘクタールでサクランボ、ブドウを手掛ける傍ら、啓翁桜を育てる。植栽地は山あいの傾斜地や平場の転作田など6カ所、計1.2ヘクタール。「今度、ブドウ畑の一部を啓翁桜の植栽地に切り替えようと考えている」。安定した収入を得るため農家は毎年、経営計画の見直し、改善が求められる。斉藤さんは「自分が社長であり、社員でもあるのが農家。雇われて働くのとは、気持ちの入り方が正直違う」と実感を込めた。

■全国の8割超

 山形市の農家から啓翁桜の苗木の提供を受けた県は1972(昭和47)年に植栽、76年から適性試験を開始した。その結果、本県の啓翁桜の生産本数は年々増え、2012年度実績で170万本。生産額は2億5千万円に上り、全国の8割以上を占める。栽培面積は223ヘクタールで、10年前の2倍近い伸びを示す。県園芸農業推進課は「地力が高く排水環境に優れた土地、秋の訪れが早い気候の山形は栽培適地」と強調する。

 雪国山形とあって暖房費がかさむ影響は少なくない。だが「啓翁桜の栽培は、コメや他の園芸作物と組み合わせた経営が可能。一年を見通した労力バランスを考えても山形に合った品目だ」と担当者。収穫の秋を終えた初冬から、春到来を前にした水稲の苗床管理、果樹の剪定(せんてい)などに影響が出ない範囲内で、集中して取り組める品目はそうはない。

■必要な時季に

 「冬の桜」の需要期は正月と卒業・入学式シーズン。県内の栽培農家が主力農作物にシフトする3、4月は出荷量が減る。同課の担当者は「市場ニーズがある時季なのに出荷できる絶対数が足りない。農家にとって経営を安定させる品目であり、主力作物の生産に影響があっては意味がないのだが…」と苦笑した。

 農業経営の安定化に向けて意欲的に他品目の栽培に取り組む斉藤さんだが、将来への不安もある。個人経営の農家だけで、市場ニーズに応えられるだけの生産量を上げることは難しい。高品質な農作物の産地として、互いに汗をかく仲間の存在が必要だと感じている。「啓翁桜のことだけではないが、周りは年配者が多い。5年後どうなるのか。ちょっと分からない」

(「やまがた農新時代」取材班)

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