2011年03月14日
宮城県石巻市で津波から逃れた状況を語る高橋和也さん=山形市・山形メディアタワー
家屋や車が目の前を流れていく-。東日本大震災が発生した11日、仕事で宮城県石巻市北上町に滞在していた東根市神町北1丁目の自営業高橋和也さん(34)は、押し寄せる大津波から間一髪で逃れた。13日、山形新聞の取材に当時の状況を語った。
高橋さんは11日朝から、北上川の中州でカヤを刈り取る作業をしていた。午後2時45分すぎ、地面が突然、激しく揺れた。グオー。辺りに不気味な低い音が響いた。河口までの距離は約3キロ。「津波が来る。早く逃げろ」。仕事仲間と舟に飛び乗り、岸に向かった。
車で高台を目指した。途中、河口に目をやると、遠くに無数の白い波。ひっくり返った2隻の船ともに近づいてくる。30分ほど前までいた中州は完全に水没。波はさらに高さを増し、迫ってきた。
眼下の田んぼを覆った波は、家を土台から引き離してがれきにし、車を揺らしながら流れていく。集落そのものがのみ込まれていった。「体が震えていたが、この状況を写真に収めなければと思った」。夢中でシャッターを切った。同じように避難した住民たちはぼうぜんと惨状を見詰めていた。
避難所には「○○はいないか」と家族や知人の名前を呼ぶ声が響いた。携帯電話はつながらず、東根市の家族に無事を知らせるすべはなかった。約200人と凍える夜をすごした。12日夕、帰宅すると「よく帰ってきたな」と母親は涙を流した。
高橋さんは「地震から津波まであっという間の出来事だった。私がいた集落でも犠牲になった人もいたはず。冷静になって、あらためて恐怖を感じている」と語った。