2011年03月16日
拠点のテントで打ち合わせをする本県の災害派遣医療チーム=15日午後5時44分、仙台市若林区・霞目飛行場
東日本大震災の被災地で、本県の災害派遣医療チーム(DMAT)が活躍している。派遣されたメンバーにとって「想像の枠を超えている」被害状況。活動が長期化しつつある中、絶え間なく搬送される患者の命を懸命の努力でつないでいる。(仙台支社・松田直樹、報道部・秋葉宏介)
ヘリコプターが離着陸を繰り返す陸上自衛隊霞目飛行場(仙台市若林区)。近隣の被災地から運び込まれる傷病者を手当てする最前線だ。ここが本県派遣チームの活動場所の1つ。県によると、本県からは地震が発生した11日から15日までに、県立中央病院、公立置賜総合病院などから延べ43人の医師や看護師らが出動。15日は2次派遣隊となる両病院の2チームが同飛行場で救命活動に奮闘していた。
県立中央病院チームは医師2人、看護師4人。公立置賜総合病院チームは医師2人、看護師2人、連絡・調整員1人。駐機場脇の大型テントにはベッドや医療器具が並ぶ。14日夜から15日にかけて、津波で孤立した石巻市立病院や東松島市の小学校の避難所などから約150人が運ばれ、対応や処置に追われた。「ヘリがひっきりなしに来ていた。少しは眠れたが、大変だった」と県立中央病院の武田健一郎医師。公立置賜総合病院の佐藤光弥医師は「中越地震や岩手・宮城内陸地震などDMATでの出動は4回目だが、被害規模が全然違う」と驚く。
公立置賜総合病院の看護師小田良子さんは「石巻の看護師さんは『あまりの惨状に涙が出てきたが、患者を元気づける私たちが泣いちゃいけない』と気丈に言っていた」と語る。「自分もここで1人でも多くの命を救い、被災した人たちを励ましたい」
DMATは阪神大震災の教訓から、少しでも多くの重傷者を救おうと整備された緊急医療体制。今回は津波の被害が甚大で、被災者は生きているか、亡くなるかのどちらかというケースがほとんど。救急救命というDMAT本来の役割を発揮しきれていないという。同飛行場を拠点とするチームの統括補佐・冨岡譲二医師(福岡市)は「DMATで想定していたことの枠を超えた災害だった。今後は津波を含めた医療支援のあり方を考える必要がある」と指摘した。