2011年03月17日
原発に近い南相馬市などからの避難者が多く、放射線量の測定も行っている=17日午前8時55分、山形市総合スポーツセンター
東日本大震災の避難所となっている山形市総合スポーツセンターでは、15日夜から受け入れを開始し、主に福島県南相馬市周辺からの避難者約450人が身を寄せている。17日朝、同スポーツセンターで一晩を過ごした人たちの様子を追った。(報道部・秋葉宏介)
「こら、走らないの」。はしゃいで駆けだした子どもの後ろを、母親が追い掛ける。午前6時50分。正面玄関脇に設置されたテレビの前に数人が集まり、地震や原発事故のニュースに見入っていた。約300人がいるというメーンアリーナでは、山形市が用意した断熱シートの上で家族らが体を寄せ合っている。毛布をかぶった若者、新聞を広げる中年の男性、携帯電話をいじる少女…。思い思い時間を過ごし、誰もが疲れた表情。マスク姿も目立ち、せき込む人も多い。「生きてたが、元気だが?こっちは大丈夫だ」。フロアの隅で、男性が携帯電話で知人に安否確認をしていた。
男子トイレでは、お年寄りの男性がひげをそる。「10日ぶりだ。気持ちいいね」。近くの入浴施設で手に入れた50円のカミソリ。「大事に使わなきゃ」と笑った。「何カ所目だ」「ここで3つ目。もうガソリンなくてだめだ」。トイレではそんな会話が行き交う。事故があった福島第1原発に近い南相馬市などからの避難民が多く、津波被害で福島市などに避難した後、原発事故により本県に逃げ、避難所を転々として人も多いという。
「(南相馬市を出る)3日前に握ったおにぎりを食べるか迷ってる。食料不足だから捨てるわけにもいかないし」。仁木ヒロ子さん(61)=農業=は2家族10人で逃げてきた。比較的温暖な福島県の浜通りは、雪が少ないという。季節外れの大雪に驚き、「外は真冬みたいだけどここは暖かい。生きてるだけでぜいたくは言えない」。
避難所の入り口では、放射線量の測定器を持った山形市の職員が立っている。「このジャンパーを測ってください」。子ども抱きかかえた男性が歩み寄る。測定値に問題はなく、安心した様子で立ち去った。
大人たちは疲れた様子だが、子どもたちは元気に走り回り、泣いたり笑ったり。節電で、薄暗い廊下を歩き「おばけごっこみたい」とはしゃぎ、救援物資として差し入れられたおもちゃで遊ぶ姿も。父親の会社員男性(37)は「今後のことを考えると心配なことはいっぱいある。でも、うちの子たちが元気だから、こっちも元気でいられる」。先行きの見えない避難生活を送る人たちにとって、子どもたちの笑い声が希望の光となっているようだ。