2011年04月08日
「奇跡の復興を信じて、被災した人々を応援したい」と話す有地和子さん=仙台市
故・井上ひさしさんから文章の指導を受けた「仙台文の會(かい)」は一周忌の9日に「しのぶ会」を予定していたが、東日本大震災の影響で延期を余儀なくされた。会長の有地和子さん(63)は「井上先生は『奇跡は信じている所に起きる』と話していた。奇跡の復興を信じて被災地の方々を応援したい」と話し、5月にも復興支援を兼ねたしのぶ会を開こうと、意欲を見せている。
仙台文の會は1995年に発足した。メンバーは井上さんが講師を務めた文章講座の参加者。井上さんが講座の最後に「このまま解散するのはもったいない。会でもやりませんか。もちろん僕がお手伝いします」と呼び掛け、約100人の会員が集まった。
毎月のように「文の會通信」を出しているほか、井上さんが出題したテーマで会員が執筆した文集を毎年発行。井上さんの芝居を一緒に観賞したり、出身地の川西町を訪ね「遅筆堂文庫生活者大学校」に欠かさず参加するなど活発な活動を続けてきた。
一周忌の4月9日には「井上ひさしと私」をテーマにした第16文集を発行するとともに、井上さんが好きだったハーモニカ演奏、カレーライスを食べるイベントなどを予定していた。しかし、3月11日に東日本大震災が発生、印刷が進まず会場確保も困難になり、延期を余儀なくされた。
「『ひょっこりひょうたん島』のモデルとされる島があり、小説『吉里吉里人』と同じ『吉里吉里』の地名がある岩手県大槌町も被災し、心を痛めていた」と有地さん。3月26日には震災後初めて文の會通信を発行した。表紙は井上さんの色紙「得意泰然 失意平然」。それぞれの年齢、立場、おかれた条件の許す限りで、英知を傾け努力し「さあ、前を向こう」というメッセージを載せた。
しのぶ会では、井上さんがイタリア・ボローニャを旅した時の映像を上映し、復興に向けた街づくりなどについて考える。「『未来が見えなくなったら過去から学び生かしましょう』『涙を蒔(ま)いて喜びを刈る』『思案が尽きたら寝るのが一番』など、いまこそ先生に学ぶことがいっぱいある」と有地さん。「ひょっこりひょうたん島の歌のように、苦しいことや悲しいことにも、くじけずに、笑って前に進みたい。奇跡を信じてエールを送り続けたい」と意気込んでいた。