2011年04月09日
-この大震災をどう受け止めたか。
「大船渡、宮古、釜石、気仙沼、石巻、いわき、相馬など、とてもユニークで非常に美しい港、田園風景が一瞬にしてなくなってしまった。今回の地震は千年に一度の規模と言われる。つまり、これらの町の形成には千年かかっているということ。単なる景色だけでなく、そこに住む人々の生活、産業、地域の伝統芸能など、すべてがそうだ。観光は『国の光を観(み)ること』と言われる。その光が一瞬にして見えなくなってしまった。ショックだ」
-多くの被災者を出した。
「救われるのは被災した人たちの落ちついた態度や穏やかさだ。外国人が激賞したこの様子に偉いなーと思う。これも千年かけて形成されたのだろう。そう考えると、『国の光』は、形は壊れたけれど内容は壊れていない。すごいことだ。こういう人たちがいる限り、東北は必ず復興すると思う」
-子どもたちも傷ついた。
「新聞やテレビでみると、子どもたちは元気で、非常に頑張っていると映る。宮城県気仙沼市の中学校の卒業式で、『それでも天を恨まず』と卒業生代表が述べた。東北人であることにあらためて誇りを持った。悲しい震災で一番うれしかったことだ。まさにこれが東北の人の輝き。山形にも通じる」
-山形県は宮城県や福島県の被災者を受け入れている。
「県や市町村の対応は非常に的確で機敏だと感じている。旅館やホテルは避難者を受け入れ、温泉への招待もしている。献身的な姿が印象的だ。山形のホスピタリティー(もてなしの心)がいかんなく発揮されていると思う」
-観光産業は大打撃を受けている。
「今は我慢の時期としか言えない。まずはいろいろな会議、コンベンションを観光庁などと連携して東北で開くようにしたい。副会長を務める日本観光振興協会も6月の総会を仙台で行うことにした。次の段階は旅行者の東北への送りだしに力を入れる。それぞれ考えはあるだろうが、仙台の七夕を含めて山形の花笠など東北の祭りは例年通りやったらいい。みんなで盛り上げたい」
-復興の動きも本格化しつつある。
「震災後、東北各県の連帯は広がった。これを機会に道州制的な発想で各県の機能分担を考えてはどうか。東北6県を一つの国のようにとらえ、マスタープランを構築することが必要だと思う」
-山形の役割は。
「今回、山形空港が物流拠点としてクローズアップされた。ロジスティックス(合理的な物流)の面で役割を果たせるだろう。強い農業を生かした食料基地はもちろん、比較的災害が少ないということを思えば居住の場所としてもいい。長期的な視点で戦略を考えるべきだ」
▽ふなやま・りゅうじさん JTB相談役、日本観光振興協会副会長。1940年山形市生まれ。山形東高、東京教育大卒。62年日本交通公社(現JTB)入社。海外、国内、コンベンションと、すべての旅行部門を経験し、96年社長、2002年に会長。山形観光アカデミー学長、県観光事業審議会会長も務める。