2011年04月10日
被災者とにこやかに会話しながら診察する高橋香さん(右端)と、菅原友美さん(右から2人目)=岩手県陸前高田市
この荒涼とした大地に、たくさんの命が輝いていた。笑い声が響いていた。そのことを胸にしっかり刻みながら、聴診器を手に被災地を歩く。東日本大震災は発生からあす11日で1カ月。岩手県陸前高田市では9日、留学先のロンドンから駆けつけた東根市出身の医師高橋香さん(35)が医療支援活動を続けていた。
(仙台支社・松田直樹、報道部・堀川貴志)
「血圧も脈も『やんばいです』」。山形弁を駆使し柔和な笑顔で往診する。「ありがとうございます」。避難所の女性がほっとした表情で答える。9日昼前、陸前高田市小友町。
大震災を知ったのは留学先のロンドン。親戚から電話があり、インターネットで検索した。「日本人学生による募金活動に参加し、励ましの言葉をもらった。役に立つことがほかにないか考えていた」
陸前高田市では公益社団法人「日本国際民間協力会」が医療支援や物資配布をしている。同会は東北国際クリニック(桑山紀彦院長、宮城県名取市)と連携。クリニックがボランティアの医師を募集していることを知り応募。春休みに入ったこともあり、急きょ帰国して、医療支援に参加することにした。
避難所の1つ、オートキャンプ場「モビリア」。「寒くないですか」「風邪は治りましたか」。スタッフと共に避難所を巡回し丁寧に診察。「津波、怖かったでしょう?」「血圧と脈を計らせてね」「気になることありますか?」。次々に声を掛けていく。
津波で壊滅した沿岸部で、がれきの中に紅梅の花が咲いていた。通り掛かった地元のお年寄りは「つらい時を協力して乗り越え、いつかみんなの心の中にも花が咲いてくれたらね」=岩手県陸前高田市
「もらった薬があまり効かなくて、眠れない」。女性が悩みを打ち明けた。
「違う薬、試してみますか」。高橋さんの優しく明るい応対に、被災者の心も和んでいく。
一緒に活動するスタッフの中に鶴岡市熊出の看護師菅原友美さん(28)がいた。「被災した友人もたくさんおり、何か手伝いたいと思い参加した。高橋先生の真摯(しんし)で温かい姿勢はすごく勉強になる」
巡回診療は避難所以外の高齢者宅などもカバーする。この日は高台の家庭を訪問した。津波でアスファルトやのり面を削られ、かろうじて車が通れるような砂利道も通り抜け、「こんにちは」。診察を受けた78歳と70歳の夫婦は「薬がなくなったらどうしようと思っていた。(医療支援は)とてもありがたい」と話す。
高橋さんが陸前高田市に入ったのは6日。7日夜には震度6の余震も体験した。「すごく怖かった。3月11日はみんな本当に大変だったんだろうなとあらためて分かった」
高橋さんは山形東高を経て、自治医科大を卒業。山形県立中央病院や町立八幡病院、町立最上病院、大蔵村の診療所と県内の医療機関で勤務してきた。昨年4月から半年間、タイの大学でマラリアや寄生虫など、昨年9月からはロンドン大学の大学院で公衆衛生について学んでいる。
「自分も被災しているのに子供たちのために『心のケア』について必死に学ぶ中学校の先生の姿を見ていて、胸を打たれた。将来は途上国の医療支援に取り組みたい」。高橋さんの夢は大きく、深く、優しい。