2011年06月24日
被災した本尊の状態を診断する牧野隆夫さん(左)と、片山秀光住職(中央)=宮城県気仙沼市・地福寺
「残っていたのは奇跡」。きりっとした顔立ちでたたずむ仏像は、東日本大震災で津波被害に遭った宮城県気仙沼市の寺院「地福寺」(片山秀光住職)の本尊・延命地蔵尊だ。波にのまれたが、流されず、本堂の中に残った。東北芸術工科大の元教授で、現在、吉備文化財修復所(さいたま市)代表として仏像修復を手掛ける牧野隆夫さん(60)は23日、現地を訪れ、本尊の損傷状況を診断。これから本格的な作業に取り組む。「お寺は津波で傷ついた人たちの心のよりどころ。仏像修復が被災者の心を癒やす一助になれば…」。そんな思いを抱き、本尊を見つめる。
(報道部・阿部研一、秋葉宏介)
地福寺は気仙沼市の海岸線より少し高い波路上(はじかみ)地区にある。津波は4年前に建て替えたばかりの本堂を襲った。建物は幸い流されなかったものの、本尊を含む仏像などが水に漬かった。かもいには今も当時の泥が付いたままだ。片山住職は震災3日後、がれきをかき分け本堂の奥から本尊を“救出”した。
牧野さんは23日、いずれもかつての教え子で、自身が大学を退官前に開いた東北古典彫刻修復研究所(上山市)で副所長を任せる渡辺真吾さん(34)、吉備文化財修復所の佐藤健彦さん(30)と共に地福寺を訪れた。牧野さんらと同寺の関係は深い。2003年、学生の実習を兼ね本尊などの修復に当たった。本尊は350年ほど前の作。ヒノキ本来の木目の色を復活させるなどし、09年に寺に返した。昨年、同市の指定有形文化財にも指定された。68の同市文化財のうち海沿いにあったものの多くが流された。同市職員は「海に近い場所で残ったものは珍しい」と話す。
「どこかにぶつかったな。鼻に傷が付いてる」。久しぶりに本尊と向き合った牧野さんはまるで検診する医師のように状態を声に出し、“カルテ”を作成。本尊には傷があった他、水没後、乾燥した影響で背中の部分に隙間ができていた。本格的な修復は後日行うことにし、この日は表面に付いた紙くずの汚れを取る応急処置を施した。診断結果を市に報告し、木目に合わせた色合いの調整など具体的な修復計画を立てるという。
「ここら辺では150人くらいが津波にさらわれた。檀家(だんか)もたくさん亡くなった」。約50人の遺影が置かれた本殿を見渡し片山住職はつぶやいた。以前、本尊を修復した際、援助をしてくれた檀家の多くが帰らぬ人となった。「寺も本尊も、これまで支えてくれた人たちの形見。このままにしておくわけにはいかない」。その思いは牧野さんも同じだ。
波路上地区ではまだ漁を再開できず、田畑も耕せる状態ではない。住み慣れた海岸沿いに再び住むことは難しい。やむを得ず県外に移り住む人も出始めている。「地域の中心にあるこの寺で、この地を離れる人にも、残る人にも本尊は心の支え。文化財以上の価値があり、修復する意味は大きい」。地蔵を見つめ、牧野さんは語った。