2011年06月28日
本紙6月17日付の東日本大震災3カ月企画「大震災の教訓」で紹介した鶴岡市堅苔沢(かたのりざわ)の志田孝士さん(84)に、酒田市の中学生から手紙が届いた。志田さんは1833(天保4)年に襲来した津波の犠牲者の供養塔という言い伝えがある地元の石碑を後世に語り継ごうと活動している。送り主は「山形新聞を見て 酒田の中学生より」とあるが、住所は不明で、志田さんは「ぜひお礼の返事を書きたい」と話している。
手紙は6月19日の消印。緑のクローバーをあしらったかわいらしい便箋3枚に感想などがつづられている。
文章は「堅苔沢のおじさんへ」とした上で、「新聞で津波の石碑を守っているおじさんのお話を見ました」で始まる。「ずっと昔、そんなに大きな地震があって、津波もきたことも知りませんでした」「堅苔沢だけでなく、他にもそういう言い伝えや石碑が残っていると思います。大切にのこして欲しいと思いました」などと記されていた。
志田さんは「昔から伝わる石碑を大事にする気持ちを持ってくれて、うれしくなった。ぜひ返事を書きたい」と話す。
記事では「石碑には文字が刻まれているが、風化が進み、容易には判読できない」と紹介した。手紙には「石碑の文字が見えないとしたら、そばに看板みたいなものを建てたらどうでしょうか?」と提案も書かれていた。「私達、子供でも昔何があったかわかるようにすれば、もっとみんなが関心をもつし、大切にするとおもいます」
手紙は「いつまでも、長生きしてください」と結ばれていた。志田さんは「素晴らしい手紙で感激した。中学生の提言通り、看板を立てられないか考えていきたい」と笑顔を見せていた。