2011年07月04日
約3カ月半開設された山形市の避難所。関係団体と連携して運営に当たった=3月19日、山形市総合スポーツセンター
東日本大震災を受け、山形市が市総合スポーツセンターに約3カ月半にわたって開設し、一時は県内最多の1098人が身を寄せた避難所が先月30日、閉鎖された。1000人規模の県外避難者受け入れを想定しておらず、開設から手探りの運営が続いたものの、ボランティアや各種団体の協力も得て、避難者からは高い評価を得た。一方、地域コミュニティーの重要性や避難所運営、備蓄物資の在り方などさまざまな教訓や課題も浮かび上がった。
避難所は3月15日に開設。大規模な受け入れが必要になったため、当初想定していなかった同センターを急きょ避難所にした。他県のマニュアルを参考にして、運営方法やレイアウトを一から考えたという。6月22日時点で市職員1523人、ボランティア3666人、元市職員286人(いずれも延べ人数)が運営に携わり、食事や支援物資の提供、健康管理など避難者支援に当たった。
痛感したのが、地域コミュニティーの重要性。運営当初は、さまざまな地域から訪れた避難者たちをまとめるコミュニティーがなく、ニーズの把握や情報伝達に苦慮した。間もなく避難者による自治組織が発足して解消されたものの、県内の大規模災害に置き換えた場合、希薄化している地域コミュニティーが機能するかどうかは疑問だ。
備蓄物資の在り方にも課題が見えた。物流がストップした当初、最も不足したのがミルクやおむつ、離乳食などの子ども用品。各地で買い置きの意識が働いて品不足になったとみられ、市防災安全課は「これまで備蓄していなかった子ども用品についても検討する必要が出てきた」としている。
避難者への食事提供の計画を練った片桐伊三郎前市民生活部長は「炊き出しなど給食計画についても検証が必要」と強調する。日々、避難者の登録人数を基に食事を提供したが、毎回1割程度のロスが出たという。「父親だけ一時帰宅したり、外食するケースもあり、実情とはなかなか合わない。足りなくなる事態は避けなければならず、どうしてもロスが出てしまう」と、管理の難しさを指摘した。
ただ、手探りの運営ながらも避難者からの評価は高かった。先月27日、避難者全員が2次避難先などへの移動を終える際「保健師や看護師もおり、安心して過ごせた」「1日3食の食事は本当にありがたかった」「避難所で仲間もでき、できることならもっといたかった」などと感謝や惜しむ声が相次いだ。
市防災安全課の設楽一義課長は「今回の避難所運営についてさらに検証し、市地域防災計画の見直しにも反映させたい」と話している。