2011年08月10日
被災地での活動を振り返る栗田秀信2等陸曹(左)と富樫静一陸曹長=東根市・陸上自衛隊神町駐屯地
陸上自衛隊第6師団(司令部・東根市神町駐屯地)が今月1日、東日本大震災に伴う宮城県での災害派遣任務を終え、撤収した。一部の部隊は福島県での任務をなお続けるが、神町駐屯地から被災地への隊員派遣はほぼ終了した。144日にわたる活動の中で、隊員たちは何を見、どう感じたのか。同師団の第20普通科連隊員2人に話を聞いた。
「2階に家族が残っているんです! 助けて!」。震災発生翌日の3月12日、気仙沼市幸町地区に人命救助活動で派遣されていた同連隊第2中隊の栗田秀信2等陸曹(28)=真室川町出身=に女児と母親が叫んだ。隣家から屋根伝いに2階に入り、女児の祖父母を見つけて無事助けた。「生きて救出できた。すごい充実感だった」
気仙沼に着いたのは同日早朝。重油の臭いが漂い、民家の屋根や折れた電柱に遺体が載っている惨状に言葉を失った。「誰かいますか」と倒壊した家を回って呼んでも返事は無い。見つかるのは遺体ばかり。命を救った喜びは大きかった。
栗田2等陸曹には今月3日に次男が誕生した。亡くなった人の分も強く生きてほしい、世界を知ってほしいとの思いを込め、「知世(ちせ)」と名付けた。
被災者の救出、生活支援、不明者の捜索と激務が続く中、隊員の心を癒やしたのが住民との交流だった。同連隊重迫撃砲中隊の富樫静一陸曹長(41)=酒田市出身=が、被災者から送られたメールを見せてくれた。「お別れの時が来ちまったんですね…! 寂しくなりんすねぇ~…」「被災して大変な事もあったけどさぁ~富樫さん達に会えてホントいがったです」。おどけた言葉から、隊員と住民との強い絆が伝わる。
富樫陸曹長の部隊は石巻市で物資輸送を担当。メールの送り主は大街道地区の主婦で物資の配布を手伝ってくれた。「ちゃんとご飯食べてるの」「体だけは壊さないで」。支援する側の隊員が住民たちに体調を気遣われ、励まされた。
富樫陸曹長の部隊の任務はその後、行方不明者の捜索に移り、寝泊まりするテント内にそのメールを写した紙が張られた。「つらい作業も、その紙を見れば疲れが吹き飛んだ」
栗田さんは「きれいだった街の姿を取り戻してほしい」、富樫さんは「個人的にも支援は続ける」と語り復興を強く願っている。
【宮城県での災害派遣任務】 陸自第6師団は山形、宮城、福島の南東北3県を管轄。震災発生の3月11日から8月1日までいずれも延べで隊員約47万8300人、車両約15万2700台、航空機約240機を派遣し、生存者8385人を救出、行方不明者2826人を収容。がれきを除去した道路の総延長は約22キロに及ぶ。