2012年03月11日
被災者、避難者、支援者の話を聞き、今後の支援活動の在り方を探った=新庄市民プラザ
大震災から1年を機に、今後の支援の在り方など被災者と共にどう歩んでいくかを考える「共歩の集い」が10日、新庄市民プラザで開かれた。被災者と避難者、被災地支援グループ代表の3者がそれぞれの体験や思いを語った。
犠牲者にピアノ演奏と黙とうをささげた後、仙台市若林区の大友よし江さんが海岸から約2キロ地点の畑で作業中に被災した当時の様子を話した。「黒い波が見えて、本当に怖かった。余震が続き、また津波が来るかもしれないという不安があった」と語り、涙ぐみながら新庄からの各種の支援にお礼を述べた。
福島県南相馬市から家族8人で新庄に避難している末窪真雄さんは、福島第1原発の2度の爆発音を聞いた。「自宅は原発から20キロ圏内で放射線量の高い警戒区域となっており、帰りたくても帰れない。これほど悔しいことはない。子や孫の健康と将来を考えると、戻ることはかなり難しい」とつらい心境を語った。
新庄・最上地域のNPOやボランティアによる「災害支援ネットワーク47」副代表の川又真貴子さんは、宮城県塩釜市の浦戸諸島などでの支援活動を報告。「行政の支援が遅れた場所で、被災者との人間関係の構築がとても大変だった」と振り返った。
市と被災者支援しんじょう市民行動本部、市社会福祉協議会、災害支援ネットワーク47が開催。約150人が参加した。新庄市ではきょう11日午後2時46分にサイレンを鳴らし、震災の犠牲者を悼む。