2012年07月05日
豊浦造船鉄工で造られた千祥丸。地元の人に見送られて大船渡港に向けて出航した=鶴岡市・由良漁港
「ようやくこの時が来た」。東日本大震災の津波で船を失った岩手県大船渡市三陸町の漁業西村千尋さん(54)の新船「千祥丸」(全長16メートル、4.9トン)が、鶴岡市由良1丁目の豊浦造船鉄工(佐藤登美安社長)で完成した。4日、由良漁港から大船渡港に向けて出航。山形生まれの漁船は「復興」への思いを乗せて船出した。
西村さんは昨年3月11日、ワカメ養殖の作業中に震災に遭った。丘に上がって最悪の事態は逃れたが、大船渡港に係留した遊漁船は津波にのまれて損壊、見つけた時は岸壁で転覆していた。新たな船を求めようとしたが、東北の太平洋沿岸にある造船所は被災したり、注文が殺到したりして発注できなかった。昨夏になって知人を介して豊浦造船鉄工を知った。
「ほかの船の仕事もあって忙しかったが何とかしてあげなきゃと思った」と同社の佐藤一安専務。新船づくりを引き受け、12月から5人がかりで着手した。作業員の佐藤和之さん(32)は「やることは同じだが、被災者のためという特別な感情もあった」という。
だが、4月の爆弾低気圧によって地元の船の修理依頼が相次ぎ、海の町工場は連日、夜遅くまで明かりがともった。迎えた先月27日の進水式。西村さんは感謝で号泣した。作業員の芳賀大樹さん(20)は「ありがとうと言われるのがこんなにうれしいとは思わなかった。造って良かった」と感じた。
“門出”となった4日の出航では、造船関係者のほか、周辺住民も集まった。「手掛けた船から人のつながりの大切さを感じた」とエンジンを請け負ったササノ(同市堅苔沢)の笹幸吉社長。頬を紅潮させる西村さんは「若い人が一生懸命造ってくれた。これまでがれき処理だけの毎日だったが、私も若いのでもう一回頑張る。人を喜ばせる船にしたい。やっぱり海はいいね」と語って乗船。演歌と汽笛を鳴らし、千祥丸はゆっくり波間を進み出した。