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明治時代の漢詩読み下した本発行 寒河江の熊木さんが口語訳

2008年05月13日 16:49
勝島仙之介が残した、漢詩が書かれた屏風。右が修復した孫の矩子さん=山形市
勝島仙之介が残した、漢詩が書かれた屏風。右が修復した孫の矩子さん=山形市
 山形市の医師勝島矩子さん(74)は、祖父で獣医学博士の勝島仙之介(1858―1931年)が残した屏風(びょうぶ)に書かれた漢詩を読み下した本「屏風の詩(うた)」を発行した。寒河江市文化財保護委員の熊木成夫さん(78)が書き下し文、口語訳を手掛け、詩人の来歴などもまとめた。

 仙之介は、東京帝大初代獣医学科長を務める一方、漢詩も手掛けた。自宅を「静園荘」と名付け、仲間たちが集っては漢詩を詠んだという。

 6曲1隻の屏風には、桜をめでる詩、視察で欧州を訪問したことを詠んだものなどを、毛筆でしたためた色とりどりの和紙24枚が配置されている。作者は仙之介のほか、漢詩の師であった土居香国、永井荷風の父・永井禾原(かげん)といった詩人がそろい、当時の交友関係がうかがえる。

 東京で生まれた矩子さんは、正月や来客時など特別なときにだけこの屏風が広げられていたのを幼心に覚えていたという。戦中、母や妹と山形に疎開し、そのまま山形に住んだ。母が死去した1999年、物置の中から、布でくるんだ屏風を見つけたという。「敗戦後の苦しい生活の中でも、母は決してこの屏風を手放さず、大切に守ってきたことを知った」と話す。

熊木成夫さんが書き下し文や口語訳を手掛け、勝島矩子さんが発行した「屏風の詩」
熊木成夫さんが書き下し文や口語訳を手掛け、勝島矩子さんが発行した「屏風の詩」
 矩子さんは、専門家に傷んだ和紙の表具を依頼し、4年をかけて修復した。色鮮やかな姿でよみがえった屏風を見て、流麗な筆致で書かれた漢詩の意味を知りたいと、矩子さんの娘、息子の高校時代の恩師熊木さんに解読を依頼した。

 熊木さんは漢詩の書き下し文、口語訳だけでなく、作者の来歴などを調べてまとめた。原稿を受け取った矩子さんは「理解しやすく、興味深い」と感激、手書きの原稿をそのまま本にした。「明治時代の漢詩界を垣間見、詩人たちの教養や高い志をしのぶよすがとなればうれしい」と話している。114ページ、200部を印刷した。

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