県内ニュース【ロンドン五輪】背中押してくれた妻への感謝、今も なでしこ・佐々木監督
2012年08月09日 10:58
決勝進出を決め、スタンドに手を振る佐々木監督=6日、ウェンブリー競技場(共同)
30年近く前、淳子さんは髄膜炎を患った。症状の重さに、佐々木監督は所属していた実業団のサッカー部を休部して看病した。「しばらく離れます」とだけ伝えたが、家庭を支えるためやめようと思っていた。 病状が峠を越えた後に言われた。「あなたサッカーがやりたいんでしょ」。心を見透かされていた。実はサッカーへの未練を断ち難かった。 「妻に言われなかったら『サッカーをやる』とは言えなかった」。佐々木監督は、今春に行った講演会で当時を振り返った。 「則夫が淳子さんに一目ぼれだったのではないか」。サッカー部の先輩で松山市に住む一色克之さん(55)と妻美智代さん(54)は語る。美智代さんと淳子さんは大学の同級生。たまたま同じ日に一色夫妻を訪ねたことが、佐々木監督と淳子さんの運命の出会いになったという。 「(佐々木監督の)雰囲気から本気だと伝わった。付き合ったと思ったらすぐに結婚した」と美智代さん。淳子さんの入院後は「病院で寄り添う姿から『絶対に死なせない』という強い意志を感じた」という。 現役復帰を促した淳子さんの思いについて、美智代さんは「そばにいてくれるのはうれしいけど、やりたいことをやらせてあげるのが一番だと思ったんだろう」と推測した。 佐々木監督は講演会で、会社を辞めて女子日本代表のコーチになる際も淳子さんや娘が支えてくれたと語った。「あのとき背中を押してくれなかったら(自分が監督にはならず)、なでしこは多分W杯で優勝していないですね」。妻への感謝の思いをにじませながら、得意のジョークで会場を沸かせた。(共同)
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