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薬種商人の仕入れルート判明 遊佐中・小野寺教諭が研究

2018年01月18日 12:00
大阪からの薬の送り状。京都の伏見や滋賀の大津を経由して薬が酒田へと運送されたことが分かる
大阪からの薬の送り状。京都の伏見や滋賀の大津を経由して薬が酒田へと運送されたことが分かる
 酒田市の商人が江戸時代後期、薬の町として有名な大阪・道修町(どしょうまち)から京都や滋賀などを経由して廻船(かいせん)で薬を仕入れていたことが分かった。遊佐中教諭の小野寺雅昭さん(57)が約100通の古文書を調べ、西廻(まわ)り航路の北前船とは別のルートと判明した。「急いで早く届けるように」との送り主の記載もあり、酒田の商人が市民の需要に応じて薬を入手していた可能性もある。

 資料は薬種商人西田半三郎の家から市の光丘文庫に寄贈された「西田家文書」。最も古い物は1777(安永6)年にさかのぼる。荷主・品名・数量・送り先などを記した「手板」を小野寺さんが解読。年代や内容で分類したところ、大阪、伏見(京都府)、大津、海津(滋賀県)、琵琶湖を経由して駄口、敦賀(福井県)から廻船で酒田に着くルートが一般的だった。

 発送元の大半は大阪の道修町。薬種問屋が軒を連ね、現在も武田薬品工業や田辺三菱製薬など老舗が本社を置く有名な「薬の町」との頻繁なやりとりがうかがえる。中国や朝鮮の薬についての記述もあり、西田家が良薬を求めて広く海外にも目を向けていたことが読み取れる。

 西田家は、もともと近江商人で3代目の半三郎から酒田市本町に定住したとされる。10年ほど前まで西田薬局として営業していたといい、光丘文庫には5200点余もの文書が残っている。

 酒田市は昨年、北前船寄港地として日本遺産に認定されたばかり。小野寺さんは「文書をひもといて海運の歴史を明らかにしたい」と意欲的だ。送り状には京都の「福井伊右衛門」との記載もあり、茶園を営む福寿園が薬を扱っていたのではないかとも推測している。2月3日午後1時半から市勤労者福祉センターで公開講座を開き、研究成果を発表する。

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