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山形遊郭の治療院、時代見詰め役終える 大正の建築、3月まで現役の事務所

2018年05月16日 15:07
解体が決まった旧駆梅院の建物=山形市小姓町
解体が決まった旧駆梅院の建物=山形市小姓町
 東北屈指と言われた山形遊郭(山形市小姓町)の名残をとどめる県生活衛生会館の建物が、老朽化のため取り壊されることになった。5月下旬から解体工事が始まる予定だ。娼妓(しょうぎ)たちの性病検査を行った県立山形治療院「駆梅院」として大正時代に建てられた建物は、昭和30年代に山形遊郭が消えた後も残り、学生寮や生活衛生同業組合の事務所として今年3月まで使われていた。

 建物は1913(大正2)年に建てられた白壁と縦長の窓が特徴の2階建て洋風建築。内部の階段は幅が広く、手すりの飾りが印象的だ。駆梅院は県立千歳診療所と名称を変えた後、売春防止法が施行された58(昭和33)年ごろに閉鎖されたという。その後、山形職業訓練所女子寄宿舎を経て、県生活衛生会館となり、7団体が入居していた。建物を所有する県生活衛生同業組合団体協議会によると、数年前からシロアリ被害に遭い、応急処置をして使ってきた。補強工事も検討したが、古い建物のため基礎がなく、補強しても入居できる状況ではないことが判明し、昨年3月、移転を決定。今年3月末までに全団体が市内に新事務所を構えた。

 山形遊郭ができたのは1884(明治17)年。それまで市内に点在していた妓楼(娼妓を置く店)が小姓町1カ所に集められた。初代の駆梅院はそれに先立つ83年に設置され、診療業務は済生館(現市立病院済生館)が担っていた。遊郭は94年の市南大火でいったん焼失するが、短期間で復興、陸軍歩兵第32連隊の将校や下士官などを上客に、大正時代にはおよそ30の妓楼が軒を連ねた。活況の裏には、貧しさから身売りせざるを得ない女性が多かったという県内の事情もある。

 駆梅院は遊郭を貫く大通りの突き当たりにあり、娼妓たちは週に1度、検査を受けることになっていたという。著書「小田原遊廓(ゆうかく)随想録」の中で山形遊郭についても1章を割いた千葉由香さん(編集者、仙台市)は「行政が駆梅院を設置したのは娼妓の健康のためというより、性病がまん延して商売が成り立たなくなるのを防ぎ、確実に税を徴収できるようにするためだった」と解説する。

 山形遊郭の入り口には市街地と遊郭を隔てる「大門」があった。大門の近くで生まれ育った阿部考伸さん(69)=山形市十日町2丁目=は4階建ての豪華な妓楼を覚えている。遊郭は近所の子どもにとって格好の遊び場でもあった。阿部さんは「人の本性、温かさを含んだ街だった。マイナスイメージでとる人もいるが、この街の歴史の重さ、深さが詰まっている建物がなくなることが寂しい。せめて、写真、設計図、階段部分などを保存してほしい」と語った。

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