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「明治150年」激動の時代思いはせ 山形で三島通庸、西郷隆盛、酒井家子孫が鼎談

2018年11月23日 11:10
激動の明治期を語り合った(左から)寒河江浩二社長、三島通文さん、西郷吉太郎さん、酒井忠久さん=山形市・文翔館議場ホール
 近代山形の礎を築いた人物像に迫る講演会「明治150年 我(わ)が祖先を語る」が22日、山形市の文翔館議場ホールで開かれた。基調講演と鼎(てい)談の2部構成で、鼎談では初代県令三島通庸(みちつね)の子孫らが登場し、新しい時代を切り開いた彼らの精神は「今も十分通用する」などと強調した。

 鼎談したのは通庸の玄孫(やしゃご)三島通文(みちふみ)さん、旧庄内藩主酒井家18代当主酒井忠久(ただひさ)さん、庄内藩とゆかりが深い西郷隆盛の曽孫(ひまご)西郷吉太郎(きちたろう)さん。寒河江浩二山形新聞社長(山形新聞グループ経営会議議長)がコーディネーターを務めた。

 新政府軍側と旧幕府勢力側で受け止め方が違う戊辰(ぼしん)戦争の評価について、西郷さんは「大国に負けることのない強い統一国家を目指した。双方とも外国の支援を求めず、その後も介入されずに済んだことは大きい」、酒井さんは「近くの藩同士が戦わなければいけないなど、非常につらい戦争だった。そういう例は日本全国にあっただろう」と推察した。

 一方、庄内藩は戊辰戦争で新政府軍に最後まで抵抗したが、隆盛の指示で寛大な処置が執られたとされる。酒井さんは「強者のおごりがなく、敵だったはずの庄内藩を対等に扱った。隆盛の人格に庄内藩士らは尊敬の念を覚えるようになった」、西郷さんは「庄内の人たちは隆盛の私塾に入り(西郷の教えをまとめた)『南洲翁遺訓』を全国に広めてもらった。何度聞いてもうれしくなる」と語った。

 通庸は1874(明治7)年に酒田県令として赴任。76年、山形、置賜、鶴岡3県が統合し、統一山形県が誕生すると同時に初代県令となった。三島さんは通庸の執政に関し、「酒田に派遣されたのは、西南戦争で西郷隆盛が立ち上がった時期。庄内藩でも新政府への反対運動がくすぶっており、非常に難しい時代だったと思う」とした上で、「土地に住む人の話を聞くことから始め、協力を得て、地域の振興を推進していけたのでは」と解説した。

 それぞれの先人から学ぶべきことについて三島さんは「通庸は物事をよく調べ、周囲の意見を聞いた上で、ちゅうちょせず実行していくところがあった」、西郷さんは「隆盛の『敬天愛人』は現代に十分通用する精神だと思う」などと締めくくった。

山形の都市整備解く・基調講演
 鼎談に先立ち、歴史研究家の小形利彦さんが基調講演し、初代県令三島通庸が礎を築いた山形市中心部の都市整備を解説した。小形さんは県庁舎(現文翔館)を中心とした同市旅篭町付近の変遷を古地図を示して説明し、「最上義光の時代の『旅館、職人の街』から、県庁をはじめとする主要機関が集まった全く新しい街になった」と語った。

 講演会は明治維新から今年で150年を迎えるのに合わせ、県生涯学習文化財団などが主催した。席上、通庸の子孫・三島通文さんが通庸直筆の掛け軸を同財団に贈った。

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