ちょっとそこまで
思い出の中通り商店街を歩く〜酒田
(2008/03/11掲載)
![]() 「くだもの・やさい・にしむら」の西村さん親子。店内には2人の笑い声が響く 酒田市の「中通り商店街」は1976(昭和51)年、同市中心部22.5ヘクタールが焼失した酒田大火で焦土と化した。商店街の一角にある記者の実家も全焼。大火の4年後、復興に向けたエネルギーが満ちていたころに記者は生まれた。子どものころは通りを歩く人のざわめき、中高生らの笑い声が常に響いていた。 地元を離れ約10年たった今、小学生のころ小銭を握り締めて駆け込んだ本屋、家族全員の行きつけだった靴屋は、ともに店じまいをしてしまった。エネルギーに満ちあふれていたかつての中通り商店街はどうなっていくのか。もう1度あのころの面影を探しに、街を歩いてみた。
いづももっけだの
中通り商店街は酒田市中町1丁目と2番町にまたがっている。商店街振興組合の佐藤英夫理事長によると、大火復興後の最盛期には約400メートルの通りに約70店舗が軒を連ね、酒田随一の繁華街だった。現在は約20店舗がシャッターを下ろしている。活気を取り戻すために、商店街は「よぐきたの」「もっけだの」といった方言を活用し、温かい接客に取り組んでいるという。
講習会を開くほど力を入れているというので、バイタリティーあふれる“名物お姉ちゃん”のいる「くだもの・やさい・にしむら」を訪ねてみた。西村紀美子さん(60)と常連客のやりとりが聞こえてきた。 「こっちのイチゴの方がおいしがも」 「いづももっけだの」 懐かしい庄内弁が店内に響く。明るいやりとりに誘われるように、紀美子さんの実母で初代経営者の西村恒子さん(81)が2階から下りてきた。 「酒田大火で店も品物も全部焼けでしまての、店どごやめようど思たんよ。けど、お客さんから『がんばての』『いづから開ぐあんが』って声が多ぐって、ここまでがんばてこらったなやの」と振り返る恒子さん。さらに「今も大変な時期。家族と一緒にがんばらねどの」と続けた。 ![]() 酒田大火からの復興とともに形成された中通り商店街 にしむらで一緒に笑っていたら、なんだかおなかがすいてきた。若者にとって欠かせない商店街のオアシス、手づくりアイスの店「ジェラート モアレ」へ。高校時代に友人とよく訪れた店だ。 脱サラで13年前に店を始めたというマスターの菅野信一さん(70)は「カラオケぐれしか子どもたちが遊ぶ所がねぐってかわいそうでの。世の中にはこんなにおいしいものがあるんだよって新しい文化を教えてやりってがった」と語る。 この店のアイスはすべて手作り。カフェオレ、バナナミルク、杏仁フルーツといったメニューが並んでいる。「地元の素材を使うけど、おいしぐねば使わねぞ」と自信満々の笑顔が輝く。
数々の賞、創作人形
店を出ると、目の前に人形が飾られたギャラリーがあった。中通り商店街に生まれ、現在は東京都渋谷区に住む人形作家星野美津子さん(58)の作品だという。ビーズやひもといった素材を使っており、数々の賞を獲得している創作人形だ。ちょうど月に1度の帰省中だった星野さんは「もう1度昔のように活気を取り戻してほしくて、酒田から発信することにしたの」と話していた。
久しぶりに徒歩で巡った中通り商店街。あのころのような活気はなくても、市民の笑い声は変わっていなかった。
(報道部・高橋麻衣)
|
文字サイズ変更
ニュース特集
山形新聞から
|













